Title 事業が、なくなるかもしれない。 AIと、僕らの本音。

Date 2026.04.10
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事業が、なくなるかもしれない。株式会社ライオンハートの創業者としてこの会社を立ち上げて以来、こんなに強くそう感じたことはなかったかもしれない。

そう感じている。生きるか死ぬかの状態と言っても、大げさじゃないと思うんですよね。

でも同時に、こう思うんですよ。これほど本質的なことを考えさせてくれる機会は、そうそうなかったんじゃないかと。社会から「今こそ、自分たちの存在意義を考えなさい」と言われているような感覚がある。ある意味で、ラストチャンスをもらっている気がするんですよね。

生活者としてのAIは、わくわくする。生活が便利になる、恩恵の方が多い。でも事業者としてのAIは、怖い。同じAIなのに、見る角度によって全く違う顔を見せる。

その両方を抱えながら、正直に話そうと思う。

わくわくと恐怖、両方ある

気づいたらすべてにAIがくっついてくるんですよね。

デザインにもAI。音声の文字起こしにもAI。僕のしゃべり方や声の調子を分析して、僕のように話してくれるサービスまで出てきた。経営分析にもAI。自動生成にもAI。しかも無理やりくっついてくるんじゃなくて、ごく自然にくっついてくる。すべてにAIが付いてくる。これは異常なことだと思うんですよね。

新しいものは好きだ。初めてのことには多少の不安がある方が燃えるタイプでもある。だからAIに対しても、基本的にはポジティブに受け取っているんですよね。聞けば即座に答えてくれる。デザインも一瞬で出てくる。アイデアがその場で形になる。このスピード感は圧倒的に違う。そこについてはわくわくします。

最初にAIを使い始めた頃は、正直そこまで脅威を感じていなかった。画像生成で指が何本もある人間が生成されたりしていたし、プロンプトを専門的に覚えないといけない職人的な部分もあって、使いにくかった。「脅威がやってくるのはまだ先かな」と思っていたんですよね。

でもある時、ぞくっとした。

各社がAIに取り組み始めて、AIを使ったサービスがものすごい数出てきた。これは一時のブームで終わるものじゃないと感じたんですよね。昔VR・ARのXRブームがあった。展示会でヘッドマウントディスプレイが大賑わいだった。でも今そのブームは消えた。クラウドが出てきた時も展示会で大騒ぎだった。AIはそれらとは比べ物にならないほど、世界規模で盛り上がっている。特定のカテゴリーに閉じているんじゃなくて、あらゆるものに自然に溶け込んでくる。世界中がAIの方向に向かっている。これは無視できないと思ったんですよね。

そして自社の状況を見た。新しい情報を主体的に探すわけでもなく、今までのやり方を何年も続けている。周囲はどんどん変化しているのに、自分たちは変わっていない。

以前から「羊はいらない」という言葉を社内でよく使ってきた。主体的に動けない人たちへの危機感については別の記事で詳しく書いているが、AIという文脈で改めて見た時、その怖さが一気にリアルになったんですよね。

わくわくと恐怖。この両方を今も抱えたまま、前に進んでいる。

変化のスピードに、愕然とした

XでAI関連の投稿を見るたびに、危機感が高まるんですよね。

たった数行のプロンプトで、リッチなデザインができましたという投稿。一瞬でアプリが開発できましたという投稿。そういったものが毎日流れてくる。

僕はもともとデザイナーだった。デザインの難しさは理解しているつもりだし、いいデザインか悪いデザインか、トレンドに合っているかどうかの目利きはできる。その目で見ても、それなりのものができていた。しかも一瞬で。

これはまずい。自分たちの仕事がすべてなくなってしまうと感じたんですよね。

世の中はこれだけのスピードで変化しているのに、自社は何年も同じやり方を続けている。本来であれば各人が自分の業務をアップデートして、時代に合わせていかないといけない。でも思考停止状態になって、同じところで同じ草をひたすら食べている。まさに羊の状態だと思ったんですよね。

この危機感を、最初は一人で抱えていた。感度の高いエンジニアの執行役員とは共有できた。でもその他のスタッフは対岸の火事状態だった。自分事として全く受け取れていない。

AIが来ても「覚えるコストがかかる」と感じて拒否反応が出る。新しいことを取り入れようとしても、ゴムが元に戻るように、人は変化から元の位置に戻ろうとする。「まだまだAIは使えない」という判断をしてしまう。それは無意識に、元の位置に戻るのに都合のいい判断をしているだけなんですよね。

枠を飛び出せない。おとなしい状態では、もう生き残れない。そう感じた。

ビジネスの歴史は、不可逆の連続だ

僕が広告関係の業界に入って、四半世紀以上が経つ。

業界に入った頃、写植という職種はすでになくなっていた。IllustratorやPhotoshopでデジタル制作するのが当たり前になっていた。データはMOやZIP、CDといった記憶媒体に保存して、印刷会社に宅急便や郵送で送っていた。

それがしばらくするとオンライン入稿に変わった。記憶媒体を送る必要がなくなった。郵送スケジュールを考えたワークフローが根底から変わった。スピード感が全く違うものになった。

その変化を目の前で見てきた。

アナログからデジタルへの変化、そしてオンライン入稿への変化。戻れない変化のたびに、それまでその仕事に就いていた人たちのスキルセットが、全く意味のないものになっていった。

携帯電話の登場、インターネットの普及も同じだった。仕事のやり方も、プライベートの生活も、根底から変わっていった。

そして今回のAI。

過去の変化と何が同じで、何が違うのか。一番大きいのは「不可逆だ」ということ、これは全く同じだと思うんですよね。違う点は特にない。むしろ過去のどの変化よりも、圧倒的に大きくて速い。

よく僕はこう例えるんですよね。ビジネスの世界は相対的なものだと思っていて、下りのエスカレーターを登っている感覚というか。自分が頑張っていても、相対的には下がっていることがある。AIによって、その下りのエスカレーターの速度が異次元になったと感じています。従来のやり方をしている人たちは、あっという間に取り残されていく。

面白い時代に、乗らない手はない

クラウドサービスが普及した時のことを思い出すんですよね。

従来はデータをメールに添付して送っていた。でもクラウドで共有することで、お互いが常に最新のデータにアクセスできるようになった。修正のたびにファイルを送り合う必要がなくなった。これも不可逆の流れだった。今やクラウドを使わない仕事の仕方は考えられない。使える人と使えない人の差は、あっという間に取り返しのつかないものになっていった。

AIも同じだと思うんですよね。使える人と使えない人の差が、これからどんどん広がっていく。不可逆の流れだから、恐れながらも進むしかない。流れにアジャストしていくしかない。

これは僕らの会社だけの話じゃない。業界も関係ない。あらゆる仕事、あらゆる組織が同じ問いの前に立っていると思うんですよね。自分たちの存在意義は何か。社会から何を買ってもらっているのか。AIの時代に、何が価値として残るのか。

これほど本質的なことを、これほど真剣に考えさせてくれる機会は、そうそうなかったと思うんですよね。ある意味で、社会全体に与えられた問いなのかもしれない。

その問いと、正面から向き合っていく。それが今の、僕らのスタンスです。

この時代だからこそ、自分たちの存在意義を自分ごととして考えられる人と、一緒に働きたいと思っています。変化を恐れるのではなく、変化の中に自分の価値を見つけようとする人と。