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2026.07.10

Why are our proposals always decided on "one option"? — The single question that determines the success or failure of branding.

なぜ、私たちの提案はいつも「1案」で決まるのか――ブランディングの成否を分ける、たったひとつの問い

「ロゴを一新し、コーポレートサイトも作り直した。なのに、取引先からの印象も、社内の空気も、驚くほど変わらなかった」。ある経営者の方から、そんな相談を受けたことがあります。デザインへの投資は決して安くありません。それでも変化を実感できないとき、多くの経営者は「デザインの出来が悪かったのか」「もっと予算をかけるべきだったのか」と考えます。しかし、私が20年近くブランディングの現場に立って感じているのは、問題の在り処はほとんどの場合そこではない、ということです。

この記事では、なぜ多くの企業が「ブランディング=デザインの刷新」だと誤解してしまうのか、そして本当にブランドの印象を変えるために必要なものは何かを、私たち自身が20年かけて磨いてきた、ある小さな気づきから紐解いていきたいと思います。私たちは、ブランディングを「意図した通りの印象を、相手の中に一貫して育てていくプロセス」だと定義しています。デザインはその一部の表現手段にすぎず、主役ではありません。

「ロゴを変える」ことがブランディングだと誤解される理由

タナベコンサルティングが行った調査では、ブランディングに1,000万円以上の予算を投じた企業のうち、49.1%が増収増益に至ったというデータがあります。裏を返せば、半数以上の企業は相応の投資をしても、経営に明確な効果を実感できていないということです。この差はどこから生まれるのでしょうか。

私は、機能的な価値だけで差別化できた時代が終わり、情緒的な価値、つまり「このブランドを選ぶ理由」を作れるかどうかが問われる時代になったからだと考えています。品質や価格で優位に立てなくなった企業ほど、「見た目を変えれば選ばれる理由になるはずだ」という短絡に陥りやすい。ロゴやスローガンは、あくまで内側にある考えを外側に映す鏡でしかありません。鏡の縁をどれだけ磨いても、映るもの自体が定まっていなければ、何も変わらないのです。

もうひとつ見落とされがちなのが、ブランドの受け手は顧客だけではないという点です。取引先も、採用候補者も、そして何より社員自身も、日々の言動や意思決定を通じて会社の印象を受け取っています。ロゴを変えるプロジェクトは経営陣と制作会社だけで完結しがちですが、本当に印象を変えたいなら、社内の人間が「自分たちは何者か」を語れる状態を作ることの方が、対外的な発信そのものより効いてくる。これは、私たちが数多くの企業のブランディング支援を通じて、繰り返し実感してきたことです。

なぜ、私たちの提案は「1案」で決まるのか

氷山の一角と水面下の本体を表す線画イラスト

この話をするとき、私はいつも20年ほど前の自分の経験に立ち返ります。まだ会社を創業して間もない頃、私はデザイナーとして現場に立っていました。当時の業界の常識では、A案・B案と複数のデザインを用意し、お客様の好みに合わせて選んでいただくのが当たり前でした。ところが私は、なぜか1案だけを提案し、それがそのまま採用されることがほとんどだったのです。

「どうして自分は1案で決まるのだろう」。その理由を知りたくて、当時通っていたビジネススクールの卒業論文のテーマにしてみました。分析の末にわかったのは、デザインの技術そのものよりも、ヒアリングの質が決定的に違っていたという事実です。目的と現在地を正確に把握できれば、課題は自然と浮かび上がり、解決策もおのずと導き出せる。逆にそこが曖昧なままだと、提案はただの「好み合わせ」に終わってしまう。この気づきが、後に社内で「LHメソッド」と呼ばれるようになる考え方の出発点でした。

実際、ブランディングを専門とする他社の記事を読んでいても、「ヒアリングの目的は情報を集めることではなく、クライアント自身も気づいていない本質的な課題や強みを見つけることにある」という指摘を目にします。多くの専門家が同じ結論にたどり着いているということは、それだけこの視点が見落とされやすく、かつ重要だということの裏返しだと私は受け止めています。

子どものような「なぜ?」を、四回重ねる

同心円状に問いを深めていく様子を表す線画イラスト

では、ヒアリングの「質」とは、具体的に何をどう変えれば高まるのでしょうか。答えは意外なほどシンプルで、誰にでも今日から真似できるものです。LHメソッドの核にあるのは、相手への強い興味関心です。好奇心旺盛な子どもが「なぜ?」「なに?」「だれが?」「どうやって?」と質問を重ねるように、相手を深く知りたいという姿勢からすべてが始まります。お客様から「赤いイメージにしたい」と言われたとき、私たちはそこで止まりません。「どんな赤か」を掘り下げ、時にはあえて極端な色見本を並べて選んでいただき、「なぜそれを選んだのか」を尋ねます。

この掘り下げを面倒だと感じるお客様は、実はほとんどいません。むしろ、自分たちのビジョンを本気で理解しようとしてくれる相手には、自然と協力的になっていただけます。曖昧なイメージをすり合わせる過程で見えてくるのは、すでに顕在化している課題だけではありません。お客様自身も言葉にできていなかった、潜在的な課題や見落としていた価値までもが引き出されていきます。採用サイト制作のご依頼から、社員評価制度そのものの見直しにまで話が広がった案件もありました。表面的な依頼の奥には、たいてい本質的な課題が眠っています。

途中で心が揺れても、目的に立ち返る

プロジェクトは、常に計画通りには進みません。予算の都合や社内事情で、当初の要望が変わることもあります。そうしたとき、私たちが必ず投げかける問いがあります。「その変更は、最初に描いた目的に合っていますか」。予算削減のために大事な要素を削ろうとする場面でも、目的の達成に不可欠だと判断すれば、遠慮なく提案を差し戻します。結果として、「やっぱり変えなくてよかった」と言っていただけることが少なくありません。

これは、意固地になって自分たちの案を押し通しているわけではありません。ヒアリングの初期段階で目的と現在地を丁寧に言語化しているからこそ、判断がぶれそうになったときに立ち返る場所があるのです。目的が曖昧なまま進むプロジェクトほど、途中の一言で簡単に軸を失い、最終的に「やった意味があったのか分からない」という結果に着地してしまいます。

「解決策を先に持ち込む」失敗パターン

ヒアリングを重ねて目的を明確にしてもなお、企業がつまずくポイントがあります。それは、課題を定義する前に、解決策から手をつけてしまうことです。ブランディングの失敗事例を集めた記事を読むと、ある共通点に気づきます。課題をきちんと定義しないまま、先にデザインを作り、広告を打ち、制度を整えてしまう。その結果、「やったけれど、何かが変わった実感がない」という声が生まれるのです。私たちはこの順序を逆にすることを、社内で徹底しています。まず課題を正確に定義する。そこから初めて、本当に必要な支援の中身が決まる。

この考え方は、ブランディングに限った話ではありません。あるとき私たちがヒアリングを進めていくと、「採用がうまくいかない原因は、実はWebサイトの見せ方ではなく、社内の評価制度にあるのではないか」という仮説にたどり着いたことがあります。目の前の悩みは一見バラバラな「点」に見えても、奥には共通する一本の線が通っていることが少なくありません。順序を守るというシンプルな規律だけで、ブランディングでも、マーケティングでも、組織づくりでも、同じ起点から一貫した解決策を導けるのです。

良いブランドとは、深く理解された結果である

企業がオウンドメディアで発信を重ねても、ロゴを何度作り直しても、根っこにある「自分たちは何者で、何を大切にしているのか」が言語化されていなければ、受け手の心は動きません。逆に言えば、ブランドとは誰か一人の天才的なひらめきによってではなく、地道な問いの積み重ねによって形づくられるものだと、私は考えています。

「なぜ、そのままではいけないのか」。この問いに淀みなく答えられる経営者は、実のところそう多くありません。もし今、自社のブランディングに違和感や物足りなさを感じているなら、それはデザインの巧拙の問題ではなく、まだ十分に問いが重ねられていないだけなのかもしれません。一度立ち止まり、自分たちの現在地とありたい姿を、誰かと一緒に言葉にしてみる。そこから、静かに景色が変わり始めるはずです。

私たち自身、この「問いを重ねる」プロセスに何度も助けられてきました。自社のことを一番わかっているようで、実は一番言語化できていないのは自分たち自身だったりします。だからこそ、社外の誰かと一緒に「なぜ」を掘り下げる時間には、思っている以上の価値があると感じています。