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「もっと具体的に」と言われた経験がある人へ。私たちが面接で見ている、たった一つの思考のクセ

具体と抽象を往復するイメージイラスト

「で、結局何が言いたいの?」

会議や報告の場面で、そう言われて凹んだことはないだろうか。逆に、後輩や部下の説明を聞いていて「もっと具体的に話してほしいんだけどな」と思ったことは。最近、社内でこの話題になった。きっかけは、あるビジネス書の要約動画だった。「具体と抽象を行き来できる人ほど、仕事ができる」という、ごくシンプルな話である。

面白かったのは、この話が単なる会話術のテクニックでは終わらなかったことだ。むしろ、私たちが採用の面接で本当に見ているものの正体を、言い当てられたような感覚があった。今日は、その話をしたいと思う。

「具体的に話して」と言われる本当の理由

上司の指示がブレて見える、たとえ話が刺さらない、報告してもピンと来てもらえない。こうしたすれ違いの多くは、実は能力の差ではなく、今どの抽象度の話をしているかがズレているだけ、というケースが多いらしい。数字も言葉も、そもそも現実を「捨てて」単純化した抽象化の産物だ。路線図が分かりやすいのは、実際の距離や地形を思い切って捨てているからである。

面白いのは、「パクリ」と「発明」の違いも、実はこの抽象化の深さで決まるという話だ。表面だけを真似れば単なる模倣に見えるが、その裏にある構造を抽象化して掴み、まったく違う具体(業界・場面)に応用し直せば、それは立派な発明になる。逆に、上の役職から見えている景色は、下からは見えない「マジックミラー構造」になっている、という指摘もあった。役職が上がるほど視座が変わるのは当然で、だからこそ指示の抽象度が急に上がって見えることがある。これは私たちの組織にも、大なり小なり起きていることだと思う。

この視点を面白いと思ったのは、私たちが日頃「事業家気質」と呼んでいるものの中身と、驚くほど重なっていたからだ。

「事業家気質」の正体は、往復運動だった

私たちが採用で求めているのは、事業を起こせる人ではない。組織の中でガッツリ裁量をもらい、自由にあそべる人。正解のない場所で「たぶんこうじゃないか」と仮説を立て、泥臭く動き、何度でもやり直せる人。社内ではこれを「事業家気質」と呼んでいる。

あらためて言葉にすると、これはまさに抽象と具体の往復運動そのものだ。目の前の一つの出来事(具体)から、「これはつまりこういうことだ」というパターンを見出し(抽象化)、それを別の場面でまた実際の行動に落とし込む(再び具体化)。この往復のスピードが速い人ほど、失敗してもただでは起きない。転んだ経験そのものを、次の仮説の材料に変えてしまうからだ。

評論家体質の人は、具体の粗探しか、抽象的な正論のどちらかで止まってしまう。目の前の失敗を「まあ、そういうこともある」で終わらせるか、逆に「そもそも計画が悪い」という大きな話に逃げてしまうか。私たちが一緒に働きたいのは、その両方の間を、面白がりながら行ったり来たりできる人である。次のような問いを、自分に向けて日常的に投げられる人だと言い換えてもいい。

  • この失敗は、一言でいうと結局どういう構造で起きたのか
  • その構造は、今抱えている別の案件にも当てはまらないか
  • その仮説を、明日からの具体的な一手にどう落とし込むか

AIが「具体作業」を巻き取る時代に、価値の分水嶺になるもの

この往復運動は、これからますます重要度を増していくと考えている。生成AIの普及によって、メールの返信、議事録の要約、定型的な報告書の作成といった「具体的な実務」は、驚くほどの速さで自動化されつつある。これまでなら新人が数年かけて体で覚えていくはずだった実務の一部を、AIが数秒で代行してしまう時代になった。

その一方で、AIに何を期待し、どんな条件で、どんなアウトプットを求めるかを言語化する力、いわば「指示を抽象化し、また具体的な依頼に翻訳し直す力」の重要性は増す一方だ。人材業界でも、これからの採用面接では経験や実績そのものよりも抽象的思考力を見るべきだ、という論調が広がり始めている。私たちも、この流れには強く共感している。

正直に言うと、以前の私たちの採用も、経歴や実績、面接での受け答えのうまさに引っ張られがちだった時期がある。しかし「具体と抽象の往復」という補助線を一本引いてみると、本当に見るべきものの輪郭が、以前よりはっきり見えてくる。

面接で見ているのは、経歴でも実績でもない

私たちの面接は、お互いに未来を託し合う場だと思っている。選ぶのはこちらだけではなく、選ばれるのも私たちの方だ。だからこそ面接官として自分に問うのは、「この人から学びたいと思えるか」「この人となら、まだ見ぬ景色へ行けると思えるか」ということに尽きる。そこに1mmでも確信が持てなければ、採用しないと決めている。

この問いに答えを出そうとすると、自然と見ているのは経歴の華やかさではなく、一つのエピソードから何を抽象化し、それをどう次の具体的な行動に変えてきたか、という思考の癖になる。「前職でこの案件がうまくいった」という話そのものよりも、「なぜうまくいったと思うか」「それを別の場面でも再現できるか」を聞いたときの反応の速さと深さを見ている。答えが見えない状況でも、「もっとよくできる」と信じて試行錯誤できるかどうかが、その反応にはっきり表れる。

大きな組織なら、年間の採用人数という目標から逆算して採用活動をすることもあるだろう。私たちはそうではない。「この人だ」と思える往復運動を見せてくれる人がいなければ、その年は採用をしない年があってもいいと思っている。そんな人材は「ツチノコ」みたいなものだと社内でよく話す。いないと思えばいない。でも、いると信じて探し続ければ、ちゃんとそばにいる。それくらい、じっくりと人を見ている自覚がある。

今日から鍛えられる、たった一つの習慣

この往復運動は、生まれつきの才能やセンスの話ではなく、日々の小さな習慣で鍛えられるものだと思っている。特別な研修や高価なツールはいらない。私たちが実際に社内で意識しているのは、報告や日報を書くときに「起きた事実」だけで終わらせず、必ず一言「つまりこれは何だったのか」を自分の言葉で添えることだ。案件が炎上したなら、その炎上を「あの案件は特殊だった」で片づけず、「見積もりの初期段階でヒアリングが浅かった」という一段階抽象化した言葉に変換する。そうすると、次の案件で同じ失敗を避けるための、具体的なチェック項目が自然と見えてくる。

逆に、抽象化しすぎて「もっとコミュニケーションを大事にしよう」のような、誰も反対しない標語で終わらせないことも同じくらい大事にしている。抽象で止まった言葉は、翌日から何をすればいいのか誰にも分からない。具体と抽象、その両方の駅に必ず立ち寄ってから次に進む。そのクセを持つ人が、面接でも、入社後の仕事ぶりでも、圧倒的に伸びが速いというのが、これまで見てきた実感である。

正解のない問いを、面白がれる人へ

「具体的に話して」と言われて凹んだ経験がある人は、実はチャンスを持っている。それはあなたの中に、まだ言葉にしていない抽象化のパターンが眠っているというサインかもしれないからだ。逆に、具体の話ばかりで満足してしまう人よりも、うまく説明できないなりに「たぶんこういうことだ」ともがいている人の方が、私たちは面白いと思う。

はたらくことは、生きることだと私たちは考えている。誰かが決めたレールの上を上手に歩くことよりも、目の前の出来事を自分なりに抽象化し、また具体的な一歩に変えていく往復運動そのものを楽しめるかどうか。私たちが大事にしている「笑顔創造」も、突き詰めれば大きな理念(抽象)を、目の前の一つの報連相や一つの提案(具体)にまで落とし込み続ける、地道な往復運動の積み重ねにすぎない。そんな往復を、まだ言葉にできていないままどこかで繰り返しているあなたと、今日もどこかで出会えることを、私たちは本気で願っている。