「AIに仕事を奪われるかもしれない」、そんな不安が頭をよぎる人は多いと思う。特にデザインやプログラミング、コンサルティングのように「専門性」を売り物にしてきた仕事ほど、その揺らぎは大きいのではないだろうか。
僕はライオンハートという会社で、ブランディングという「答えのない仕事」を20年近くやってきた。正直に言うと、AIが登場した当初は僕自身も脅威に感じていた。でも実際に向き合ってみると、少し違う景色が見えてきた。AIは専門性を奪うものというより、専門性の”定義”そのものを書き換えているものなんじゃないか、と思うようになったのだ。
「最低品質が上がった」という、現場で起きている変化

デザインの世界で言うと、AIが生成したデザインを見たとき、デザイナーとして正直に思うことがある。「このぐらいのデザインなら、自分でもできるな」と。でも、この及第点品質のものが数分でできてしまう。テキストのミスや誤字も、AIを通すと人の目よりも精度高くチェックできる。スピードそのものが、大きな品質向上になっている。
コンサルティングの世界でも同じことが起きている。AIが登場した時、「コンサルタントは仕事を失う」と言われた。実際にはコンサル業界そのものがなくなったわけではない。むしろAIを活用するためのコンサルティングニーズは増えている。でも一方で、情報をキュレーションしてパッケージ化し、レポートにするという価値は確実に薄れてきている。業界情報を集め、課題を絞り込み、数的根拠を添えてスライドにまとめる。従来はそこにお金が払われていた。
でも今は違う。お客様が取得したい情報を、取得したい形で、取得したいタイミングで自分の手で得られる時代になった。
「情報を持っている」という優位性が崩れつつある。誰でもできることには、お金が付かなくなってきている。これはデザインもコンサルティングも、あらゆる専門職に共通して起きている変化だと感じている。
市場のコンセンサスと、僕らが感じている違和感
2026年の採用市場を見渡すと、予測不可能な環境変化に即座に対応できる「レジリエントな組織」をつくることが、多くの企業の共通課題になっている。人材業界の分析でも、AI時代のキャリア戦略として語られるのは「既存の専門領域にAIスキルを掛け合わせること」「知識の深さと批判的思考」「人間らしさという武器」といったキーワードだ。どれも間違ってはいないと思う。ただ、抽象度が高く、結局「で、具体的に何をすればいいのか」が見えてこない議論が多いとも感じている。
ブランディング業界の識者たちも、生成AI時代に必要なのは「ブランドとして譲れない価値のコアを定義し、AIの出力からそれに合致するものを選び取り、磨き上げる力」だと指摘している。人材業界の調査でも、生成AIとの協働が進むほど、活用分野を判断するための専門性の高さと、それを支える知識の幅広さの両方が求められるようになると言われている。僕もこの見立てには近い実感を持っている。ただ、僕自身がもう少し解像度高く語れるのは、「では、その”コアを選び取る力”や”専門性の高さ”は、現場のどんな瞬間に発揮されているのか」という部分だと思う。抽象的なスキル論で終わらせず、実際にチームの中で何が起きているかを話したい。
「AIで作ったサイトを仕上げてほしい」という依頼が増えている理由
最近、印象的な相談が増えている。AIで作ったWebサイトを、仕上げてほしいという依頼だ。中にはすでに公開されているサイトも少なくない。相談の内容はデザインだけでなく、コンテンツにも及ぶ。「何を、どう載せたらいいかわからない」という声だ。
この感覚には既視感がある。ノーコードツールが登場したときも、同じような声を聞いた。作ることのハードルが下がる瞬間、必ず起きる現象なのだと思う。誰でも形にできるようになるほど、「何のために、どう作るか」を判断する力の重みが増していく。
一般的な企業サイトは、コンテンツも構成もある程度型が決まっている。だから、そういった領域はAIが担っていく部分が増えていくだろう。ただ、型ができるほど、その型を壊して個性をつけることの価値が上がっていく。
しかし、型を壊すというのは、言うほど簡単なことではない。何のために壊すのか、そしてどう壊すのか。この「健全な壊し方」を見極めるのは、想像以上に難しい。テキストであれば、良し悪しの判断基準はまだ言語化しやすい。伝わるか伝わらないか、意図が明確かどうか。しかしデザインは、不確かな要素の連続でできている。色、余白、動き、タイミング、どれも正解が一つに定まらない。だからこそ、AIが示した型の壊し方が「合っている」のかどうかを見極めるには、経験に基づいた目が必要になる。
型の壊し方は、プロジェクトに関わる人間のインプットの質によって変わってくる。どんなインプットを基に、どう型を壊していくか。今や一人でもある程度形にできてしまう。だからこそ、その方向性が適切かどうかをレビューする人間の目が、これまで以上に重要になっている。AIによって壊し方の選択肢が増えた分、判断の難易度も上がっているのだ。
もう一方には、人間の創造性が介在する余地が大きい領域がある。表現がデジタルアートに近づいていく領域だ。アニメーションや3DCGといったデータはAIに蓄積されているけれど、プロンプトの指示だけではうまく表現できない。繊細なタイミングや、人の感性に訴えかけるような演出は、人間が介在してこそ生まれてくる。そして裏側の計算処理が多いものをゼロから作ろうとすると、相当な時間がかかる。そこにAIが加わることで初めて実現できるようになる。AIがなければそもそも選択できなかった、リッチな表現が現実的な選択肢になっていく。
つまりAIと人間の創造性が組み合わさることで、表現の幅が広がり、深くなっていく。AIがあるからこそ、人間の創造性がより高い領域で発揮できるようになる。それがポジティブな変化だと、僕は思っている。
「型を壊す判断力」は、どこで磨かれるのか

ここまでの話をまとめると、これからの専門性とは「情報を持っていること」や「作業ができること」ではない。「AIが出してきた無数の選択肢の中から、正しい方向に型を壊す判断ができること」に移っていくんだと思う。ちょっと乱暴に言えば、正解を知っていることの価値は下がり、正解のない状態を楽しめることの価値が上がる時代が来る。
じゃあ、その判断力はどこで磨かれるのか。僕は、正解のない問いに何度も向き合った経験の量でしか磨かれないと考えている。マニュアル通りにやれば及第点が取れる仕事を繰り返しても、この判断力は身につかない。むしろ、未完成な状態を気持ち悪がらずに面白がり、試行錯誤しながら自分なりの答えを出しにいく姿勢を持った人の方が、この時代には強い。
ライオンハートが採用の場で、専門スキルの有無よりも「事業家気質」かどうかを見ているのは、こういう理由からだ。特定の型やハウツーを覚えている人よりも、答えのない状況に自分から飛び込んで、壊して、また組み立て直せる人。AIが最低品質を底上げしてくれる時代だからこそ、そういう人材の価値は、これから相対的に上がっていくはずだと考えている。
実際に社内でも、専門知識を前提とした職種の境界がなくなりつつある。ある新卒メンバーが最初に任されたのは採用サイトの制作だったが、そこで得た「人をどう評価し、言葉にするか」という視点が、巡り巡って社内の評価制度の改善にまで波及したこともあった。「採用サイトの担当者」という肩書きに専門性を閉じ込めていたら、絶対に生まれなかった動きだと思う。型を壊す判断力は、役割の外側に踏み出した瞬間にこそ鍛えられるものなのかもしれない。
専門性を「肩書き」ではなく「向き合い方」で語る
AIによって最低品質が底上げされることは、脅威ではなく歓迎すべき変化だと僕は思っている。誰でもそこそこのものが作れるようになるからこそ、「なぜそれを選んだのか」「なぜその型を壊したのか」を語れる人間の存在価値が、これまで以上にくっきりと浮かび上がってくる。
だから僕らは、専門性を肩書きや資格ではなく、正解のない問いにどう向き合っているかという「姿勢」で語りたいと思っている。市場全体が「AI時代に必要なスキル」という抽象論を語りがちな中で、僕らは自分たちの手元で起きている具体的な変化から、地に足のついた持論を更新し続けたい。AIと創造性がそれぞれの持ち場で力を発揮し合う時代に、その境界線を自分の意思で引き直せる人と、一緒に試行錯誤していきたいと思っている。





