AIに「これ、任せてみよう」と思えるかどうか。それだけの話だった。
先日、フィリピンにある弊社子会社・LH&creatives Inc.の10周年記念パーティーがあった。現地で仲良くさせてもらっているエンジニア系の経営者と近況報告をし合うなかで、こんな話になった。
「AIを使いこなせる人とそうでない人の違いは、発想があるかどうかだけだ」と彼は言った。彼がいう「AIを使う」とは、何十倍もの生産性を発揮するほどの使い方のことだ。「これってAIで良いんじゃない?」という問いを立てる習慣がある人だけが、その入り口に立てる、と。
その言葉が、この数日の自分の体験とぴったり重なった。
マルチエージェントへの憧れを、一旦手放した
少し前まで、複数のAIエージェントが並列で動いて互いに連携し合う「マルチエージェントシステム」を構築しようとしていた。構想としては面白い。けれど、複雑さが先行して、実用に落ちるまでの距離が遠かった。
思い切ってやめた。1つのエージェントが複数の役割を担い、直列に処理していく——そのシンプルな構造に切り替えた。
寝ている間に、ブログが完成している
試したのは、ブログ記事の自動生成ワークフローだ。
スプレッドシートにあらかじめ記事のテーマを登録しておく。AIエージェントはそれを読みに行き、記事の執筆・品質評価・差し戻し修正まで、一連の工程を自律的にこなす。記事が完成したテーマはステータスが自動で「完了」に変わり、CMSへの自動投稿も実装できる。スケジュールを設定すれば、寝ている間にすべてが終わっている。
ただ、一つ重要なことがある。このワークフローでは、テーマ設定は人間が行うという設計にしている。さらに、記事を書く前に自社が蓄積してきたナレッジをAIに読み込ませるフローも組み込んでいる。
SEO狙いの記事であれば、トレンド分析やキーワード選定もAIに任せることはできる。ただ、それをやった瞬間に、記事から個性が消える。テーマを人間が決め、そこに自社固有の知識や視点をナレッジとして渡すことで、AIが書いても「この会社らしい記事」になる。自動化しているのは「書く」という作業の部分であって、「何を書くか」「どんな文脈で書くか」というレビューは、ちゃんと人間が担っている。
人間がやるのは「テーマを決める」「ナレッジを整える」「確認して、許可を出す」——その3点だ。それ以外はAIが動く。
実は、人の確認を挟まず全工程を自動で完結させる仕組みは、すでに構築できている。ただ、あえてそうしなかった。品質を担保するために、意図的にレビューの工程を残した。「全自動にできるのに、しない」という選択だ。自動化の目的は手を抜くことではなく、人間の判断をより上流に集中させることだと思っている。
「入稿データをチェックして」——それだけで、専門家レベルの報告が返ってきた
さらに驚いたのが、印刷入稿データの確認だ。
「入稿データのチェックをして」という一言だけAIエージェントに伝えた。エージェントはローカルに保存されたデータを直接開き、こんな報告を返してきた。
要修正(重要)
- 入稿PDFに塗り足し(ブリード)が一切ない。A1・A4ともTrimBox=BleedBox=MediaBoxで、塗り足し0mm。元のAIファイルでは3mm設定されているのに、PDF書き出し時に落ちている。再書き出しが必要。
- ファイル名のサイズ表記と実寸が食い違っている。「A1」ファイルの実寸はA0、「A4」ファイルの実寸はA3。印刷会社が仕上がりサイズを取り違えるリスクあり。
- A4版の2ファイル間でアートボードサイズが不一致。
問題なし
カラーモード(CMYK)、総インキ量(175〜182%)、解像度(282〜300ppi)、フォントのアウトライン化——いずれも適正。
指示は一言だった。それだけで、これだけの精度で返ってきた。
実はこのとき、同じデータを社内のデザイナーにも並行してチェックしてもらっていた。結果は興味深いものだった。同じ問題に両者とも気づいていた箇所がある一方で、デザイナーが指摘してAIのレポートには出てこなかった点もあったし、AIが拾ってデザイナーが見落としていた点もあった。
つまり、AIがデザイナーを超えた、という話ではない。気づく場所が違った、ということだ。プロンプトを作り込めばAIの精度はさらに上がると思う。ただ、今の段階でも「見落としを補い合う」という使い方としては十分に機能する。さらに言えば、デザインソフトを直接開いて孤立点などを確認させたり、入稿データを一から作成させることも、理論上は可能だ。
スライドも、誰かに頼まなくていい時代になっている
別の話もある。AIを使ったスライドの自動生成を試した。
デザインシステムさえ用意しておけば、それなりのクオリティのスライドがすぐに生成される。ただ、使ってみて改めて感じたのは、ソースが大事だということだ。
どんなに優れた道具を渡しても、渡す情報が薄ければ薄い出力しか返ってこない。「ブログを書いて」と言うだけでは記事の質は上がらないし、「スライドを作って」と言うだけでは伝わるプレゼンにはならない。
逆に言えば、何を渡すかを考える力——それが、AIを使いこなす上で唯一、人間に残された仕事かもしれない。
経営者として、採用・育成に感じていたことが変わった
この数日で、正直、感覚が変わった部分がある。
「新人を採用して育てる必要性を感じない」という企業の気持ちが、以前より理解できるようになった。これは冷たい話をしているのではなく、実務の現実として、だ。
すでにデータはそれを示し始めている。AI活用を推進する企業の約9割が新卒採用戦略を見直し、55%超が採用人数を削減したという調査結果がある(アカリク「AI×新卒採用要件変化調査」2025年)。日本でも、クボタが2027年入社の採用を約4割減、大和ハウス工業が2026年卒の採用を前年の669人から150人程度へと大幅に縮小するなど、大手企業の動きは顕著だ。背景にあるのは採用コストの問題だけではない。新卒採用1人あたりのコストは平均56.8万円(マイナビ「2024年卒 企業新卒内定状況調査」)とされるが、それ以上に「新人に任せていた仕事そのものが、AIに置き換わり始めている」という構造変化だ。
調査・資料作成・情報整理といった、これまで若手が担ってきたジュニアレベルの業務が、AIエージェントで代替できるようになっている。今回自分が試したブログ生成や入稿データチェックも、その典型だ。
「採用しない」という判断が正しいとは思わない。ただ、「採用だけが答えではない」という選択肢が、これまでより具体的に見えてきた。そして同時に、採用するならば「AIと共に価値を生み出せる人材かどうか」という基準が、これからますます問われていくとも感じている。
結局、問いを立てられるかどうか
フィリピンの経営者が言っていたことに戻る。
「これってAIで良いんじゃない?」という発想が出るかどうか。それだけの差だと彼は言っていた。
実際にやってみると、その通りだと思う。AIに「これは任せられますか?」と聞けば、方法はAIが教えてくれる。必要なのは、その問いを立てるかどうか、だけだ。
道具は揃っている。あとは、何を渡すか。何を問うか。それを考える時間こそが、これからの経営者に求められることだと、この数日で改めて感じた。





