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2026.09.18

「機能」ではなく「体験」を買わせる。中小企業のブランド戦略の作り方

「機能」ではなく「体験」を買わせる。中小企業のブランド戦略の作り方

先日、ダイソンが「CameraJet」という電動歯ブラシを出した。カメラとAIで歯間の隙間を検知して、100ミリ秒以内にマウスリンスを自動噴射、フロスまで済ませてくれるという製品だ。価格は7万9800円。電動歯ブラシとしては、かなり強気な値付けだと思う。

このニュースを見て、正直「歯ブラシにそこまで出す人がいるんだろうか」と思った。と同時に、自分の経験がふと頭をよぎった。実は僕も少し前、1万円台の掃除機を使い潰しては買い替えていたところに、10倍近い価格のダイソンの掃除機がセールで半額になっているのを見て、思わず買ってしまったことがある。「機能」だけでは説明のつかない消費を、自分もしていたわけだ。この記事では、その経験と重ねながら、ブランド戦略の作り方について僕なりの持論を書いてみたい。

「7万9800円の歯ブラシ」が問いかけていること

CameraJetは、決してハッタリの製品じゃない。10万画素のマクロレンズカメラで毎秒28枚の画像を解析し、47万枚の歯科画像でAIを学習させ、1600万行のコードでアルゴリズムを動かしているという。WHOの2025年レポートでは世界で約37億人が口腔疾患の影響を受けているとされていて、ダイソン側も「9割の人が推奨頻度でフロスをしていない」というデータを根拠にこの製品を設計している。機能面の裏付けは、相当に本気だ。

ただ、僕がこのニュースで本当に面白いと思ったのは機能そのものより、「歯ブラシに7万9800円払う人は、一体何を買っているのか」という問いのほうだ。歯周病予防が目的なら、もっと安い選択肢はいくらでもある。だとすれば、この価格を成立させているのは、機能の延長線上にある「体験」や「所有する納得感」なんだと思う。

僕自身も、機能ではなく「体験」にお金を払っていた

これは他人事として書いているわけじゃない。冒頭に書いた通り、僕自身、1万円台の掃除機が1〜2年で壊れて買い替えるのを繰り返していたところに、ダイソンの掃除機がセールで半額になっているのを見て買った。「10倍近い価格差を吸引力が説明してくれるのか」を試したかった、というのが正直な動機だ。

結果はどうだったか。正直に言うと、本体の質感はそこまで高級感があるわけでもないし、吸引力も「10倍すごい」とは感じなかった。じゃあ何にお金を払ったのかというと、掃除中に本体から出る緑色のライトだ。あの光が床を照らすと、今まで見えていなかったホコリが可視化される。人間、見えてしまうと放っておけないもので、気づけば夢中で掃除機をかけてしまっている自分がいた。

これがうまいと思うのは、「掃除機の性能」を上げているわけじゃなく、「掃除という行為」そのものを楽しくしている点だ。楽しいから続く。続くから、結果として部屋がきれいになる。ダイソンが売っているのは吸引力じゃなく、この習慣化の仕組みなんだと思う。

そして、この「可視化して行動を変える」という発想は、CameraJetにもそのまま流れている。あの歯ブラシは、磨いている間、自分の歯の状態がカメラを通して見えるようになっているという。今まで鏡を見ながらなんとなく磨いていたのが、磨けているところ・磨けていないところがその場で見えるようになる。掃除機が床のホコリを可視化して「ここ、まだ汚れてるな」と気づかせるのと、構造としてはまったく同じだ。見えると、ちゃんとやりたくなる。ダイソンは掃除機でも歯ブラシでも、一貫してこの手口で勝負しているように見える。だからこそ、単なる高機能家電の会社ではなく、「気づかせて動かす」会社としての独自のポジションを築けているのかもしれない。

BtoBでも、実は同じことが起きている

「それは掃除機や歯ブラシみたいなBtoCの話でしょう」と思う経営者やマーケティング担当者は多いかもしれない。でも、僕は逆だと思っている。BtoBの現場のほうが、実は「見えていないもの」だらけだ。

床のホコリや歯間の汚れは、目に見えないだけで確かにそこにある。BtoBの意思決定も同じで、「なんとなく信頼できる」「この会社の理念に共感できる」といった情緒的な価値は、契約書にも見積書にも載らないだけで、実際には意思決定にがっつり効いている。Googleが2014年に発表した調査では、BtoBの購買における最終判断は経営層が64%、非経営層が24%を占める一方で、非経営層の81%が何らかの形で意思決定に影響を及ぼしているという結果が出ている。そして、感情的に顧客とつながっている割合は、実はBtoCよりBtoBブランドのほうが高いと指摘されている。古い調査ではあるけど、この構造は今も大きくは変わっていないというのが、僕自身が営業の現場で感じている実感だ。

つまりデータが示しているのは、「情緒的価値というホコリは、ちゃんとそこにある」ということだ。ただ、床のホコリと違って、これは緑のライトを当てただけじゃ見えてこない。だからこそ、可視化するための設計が要る。

ここで一つ、注意しておきたいことがある。ブランディング会社のTCD社は、BtoBブランディングの記事で「機能的価値が伴わない情緒的アピールは、ブランドを空洞化させる」と警告している。これも、可視化の話として読み替えると腹落ちする。理念やストーリーだけを前面に出しても、「結局、他社と何が違うのか」という受け手の疑問には答えられない。それは、可視化すべき対象を間違えているからだ。CameraJetが説得力を持つのも、47万枚の学習データや独自アルゴリズムという機能がまずあって、そのうえで「磨けているかどうかが自分の目で見える」という可視化の演出があるからこそだ。順番はいつも、機能が先、可視化があと。ここを逆にすると、TCD社の言う「空洞化」が起きる。

多くの中小企業は、この順番自体は間違えていない。機能的な強みはちゃんと持っている。問題は、それを可視化できていないことのほうだ。

ブランド戦略の作り方:中小企業が押さえるべき3つの視点

「機能」ではなく「体験」を買わせる。中小企業のブランド戦略の作り方

じゃあ実際に、中小企業がブランド戦略をつくるとき、何から手をつければいいのか。僕たちが日々の支援で使っている「LHメソッド」の考え方に沿って、3つの視点に整理してみたい。結局この3つも、全部「可視化」の作業だと思ってもらえるとわかりやすい。

①「理想」と「現在地」のギャップを可視化する

ブランド戦略づくりでよくある失敗は、いきなりロゴやスローガンといった表現から入ってしまうことだ。でも本当に最初にやるべきは、理想の姿と現在地のあいだにどんなギャップ(課題)があるのかを、見える形にすることだ。知名度を上げたいのか、採用を強くしたいのか、競合と差別化したいのか、社内の求心力をつくりたいのか。ギャップの正体が可視化されないまま表現づくりに進むと、TCD社が指摘する「機能なき情緒」に陥りやすい。

②機能を、目に見える「体験」に翻訳する

自社の機能的な強みを洗い出したら、次はそれを顧客が実感できる「体験」としてどう可視化するかを考える。ダイソンでいえば、吸引力という機能を緑のライトで、歯間検知という機能をカメラと自動噴射という動作で、それぞれ見える・感じられる形に変換している。中小企業なら、別に派手な演出は要らない。ヒアリングの質、レスポンスの速さ、担当者の熱量といった、日々の接点そのものが可視化の場になる。大事なのは、機能の強みを、顧客が「あ、この会社はちゃんとしてるな」と感じ取れる形にすることだ。

③可視化したものを、日常のあらゆる接点で「見え続ける」状態にする

ここでちょっと、僕たちブランディング会社っぽい見方を挟んでおきたい。
CI(コーポレート・アイデンティティ)という考え方には、MI(Mind Identity=理念)・VI(Visual Identity=見た目)・BI(Behavior Identity=行動)という3つの要素があるとされている。①でやったギャップの整理はMIの土台づくりだし、②の「体験への翻訳」はBIの話だ。そして③は、この2つに、ロゴやウェブサイトといったVIも合わせて、全部がバラバラに動くんじゃなく一つの軸で連動している状態をつくる、という話なんだと思う。

僕たちは、ブランドが「見え続ける」というのは、突き詰めるとこのMI・VI・BIが揃って一貫している状態のことだと捉えている。理念だけ立派でも、見た目がチグハグだったり、現場の振る舞いが伴っていなかったりすると、外から見たときに「結局この会社、何を大事にしてるんだっけ」となってしまう。逆に言えば、①②で整理してきた理想やギャップ、体験への翻訳を、ロゴやウェブサイトといった見える形から、社内での言葉の使われ方まで、一つの軸でつなげてはじめて、ブランドとして機能し始める。そんな見方もできるんじゃないかと思っている。

スペック競争から抜け出せない会社が見落としていること

多くの中小企業が陥りやすいのは、「うちには派手な機能もストーリーもない」と考えて、ブランディングを後回しにしてしまうことだ。でも、ダイソンの掃除機を買った僕自身の経験を振り返っても、決定打になったのは圧倒的な性能差じゃなく、目に見えるホコリと、それに夢中になってしまう仕掛けの掛け算だった。

中小企業にとっての機能的な強みは、別に技術的な優位性である必要はない。むしろ、日々の仕事のなかで培われた「なぜそのやり方をしているのか」という理由づけこそが、他社には真似できない機能的価値になり得ると僕は思っている。問題は、その強みが社内にしか見えていなくて、顧客側からは可視化されていないことのほうだ。

そこに自覚的かどうかが、価格競争に巻き込まれ続ける会社と、「この会社に頼みたい」と選ばれ続ける会社の分かれ目になる。ブランド戦略とは、突き詰めれば、自社がすでに積み重ねてきた機能的な強みに、緑のライトを当ててやる作業なんだと思う。派手な演出や大きな予算がなくても、この「可視化」の視点さえ持てれば、中小企業でも十分に戦える。それが僕の実感だ。

僕たちがLHメソッドと呼んでいるアプローチも、結局はこの「ギャップの可視化」と「体験への翻訳」を、企業ごとに泥臭くやり続けているだけだ。もし自社の強みをうまく言葉にできていない、あるいは機能はあるのに見える形になっていない。そんな課題を感じているなら、その可視化のところから一緒に整理していくのが、僕たちの得意なところだ。

参考・引用元
テクノエッジ「ダイソン、AIとカメラ搭載の電動歯ブラシ『CameraJet』発表、歯間をAIで検知して自動フロス」
株式会社TCD「情緒的価値への誤解。BtoB企業にこそ必要な”機能的価値からのブランド再構築”」
amana insights「BtoBは共感の時代へ、スペックよりも伝わる情緒的な表現とは」

市川厚

WRITTEN BY