仕事を知る

「丁寧にやっています」その言葉、誰のためだろう

「丁寧にやっています」という言葉に、私は何度も救われてきた

「今回の提案書、 丁寧を心掛けて作りました」

商談の帰り道、 隣を歩いていた社員がぽつりとそう言いました。
私は、 素直には頷けませんでした。

丁寧に作ったのは事実なのでしょう。 ただ、 提出したのは締切の前日の夜でした。 もっと
早く渡せていれば、 お客様は社内の稟議にも、 もう少し余裕を持って臨めたはずです。
その丁寧さは、 相手の時間と引き換えに手に入れたものではなかったか。
そのとき、 改めて考えました。

丁寧さとは、 時間をかけることではない。 相手の時間まで大切にすること。

経営に携わるようになってから、 私は 「丁寧にやろう」 という言葉を、 自分にも社員にも何
度も使ってきました。
けれど、 それは本当に相手のための丁寧さだったのでしょうか。
それとも、 遅さを正当化するための言葉になってはいなかったでしょうか。

今日は、 これから社会に出ようとする皆さんに、 そんな 「丁寧さと速さ」 についてお話しし
たいと思います。

「丁寧にやっています」 という言葉に、 救われていた

若手の頃、 私は資料作りが遅い人間でした。
誤字を何度も見直し、 言い回しを練り直し、 提出はいつもぎりぎり。
上司に 「まだか」 と聞かれるたびに、 「丁寧にやっていますので」 と答えていました。
今思えば、 あの言葉は自分を守るための盾だったのだと思います。
速くやって失敗するより、 時間をかけて丁寧にやったほうが、 責められにくい。 そんな気
持ちが、 どこかにありました。

あるとき、 先輩に言われた言葉が今も残っています。
「お客さんは、 お前の丁寧さより、 お前の返事を待ってるんだよ」
当時は少し反発したくなりました。
でも、 今なら分かります。
丁寧さというものは、 受け取る相手がいて初めて意味を持ちます。
自分が丁寧さに時間をかけている間、 相手は何もできずに待っているかもしれない。
こちらが完成度を上げることばかり考えている間に、 お客様の判断や行動を遅らせてしま
うこともあります。
それは本当に 「丁寧な仕事」 と呼べるのでしょうか。

速い人ほど、 実は丁寧である

速い人ほど、丁寧である。という営業現場の逆説

ある僧侶の方が、 F1レーサーの話をされていました。
世界で最も速く車を走らせる人たちは、 実は誰よりも緻密に車を操作している。
速さの正体は、 雑な操作ではありません。

一つひとつの小さな判断と操作を、 高い密度で積み重ねているから速い。
この話を聞いたとき、 私は仕事も同じだと思いました。
商談がうまい人ほど、 一つひとつの受け答えは丁寧です。
相手の表情を見て、 言葉を選び、 次の質問を考え、 必要ならその場で方向を変える。
傍から見るとテンポよく進んでいるようでも、 その中では細かな判断が何度も行われてい
ます。

つまり、 丁寧さとスピードは、 反対のものではありません。
本当に仕事が速い人は、 雑なのではなく、 判断の密度が高いのです。

「巧遅拙速」 という言葉

守破離の「守」を飛ばしたがる人が、案外多い

「巧遅は拙速に如かず」 という言葉があります。
技術的に優れていても遅いものより、 多少拙くても速いほうがよい、 という意味で使われ
る言葉です。

私は以前、 この言葉を 「雑でもいいから、 とにかく速く出せ」 という意味だと思っていまし
た。
でも、 今は少し違う捉え方をしています。
拙速とは、 雑に仕事をすることではありません。
今の自分にできる最善を、 まず早く出すこと。
そこから修正し、 磨き、 完成度を上げていけばいい。

むしろ時間に制約があるからこそ、 「何が本当に大切なのか」 が見えてくることがあります。
大事な一文はどこなのか。
今すぐ必要な情報は何なのか。
削っても問題のない部分はどこなのか。
時間を無限に使えると思っていると、 かえって優先順位が見えなくなることもあります。
だから私は今、 若い社員に 「まず30分で出してみて」 と言うことがあります。
30分で完成させろという意味ではありません。
まず一度、 形にしてほしいのです。
早い段階で見せてもらえれば、 こちらも一緒に考え、 一緒に直すことができます。
60点の段階で共有して、 そこから80点、 90点へ磨いていけばいい。
締切ぎりぎりに一人で100点を目指すより、 そのほうが結果として良い仕事になることも
多いのです。

丁寧さとは、 一人で抱え込んで完成させることではありません。
早く共有し、 周囲と一緒により良くしていくことも、 立派な丁寧さだと思っています。

未完成のまま、 一歩踏み出せる人

社会に出る前は、 不安があって当然だと思います。
仕事についていけるだろうか。 失敗しないだろうか。 ちゃんと役に立てるだろうか。
私自身、 若い頃はそんな不安を持っていました。
そして、 その不安を隠すために 「丁寧にやる」 という言葉に逃げていたところもあったと思
います。
でも、 仕事をしていれば、 最初から完璧な答えが用意されていることの方が少ないもので
す。

だからこそ大切なのは、 完璧になるまで待つことではなく、 未完成でも一度動いてみるこ
とです。
私たちが一緒に働きたいと思うのも、 最初から完璧な提案ができる人ではありません。
粗くてもいいから、 まず考えてみる。 まず相談してみる。 まず一歩踏み出してみる。
そして、 自分に足りなかったことを次の仕事に生かしていく。

誤解のないように伝えると、 私たちが求めているのは、 決して、 雑に仕事をする人ではあ
りません。
一人で100点になるまで抱え込むのではなく、 60点でも一度共有し、 周囲の力を借りなが
ら100点に近づけていける人です。
その方が、 お客様にも早く価値を届けられます。 そして何より、 相手の時間を大切にでき
ます。

本当の丁寧さとは

「丁寧にやっています」 と言うのは簡単です。
でも本当に丁寧な人は、 その言葉を口にする前に、 もう次の一手を打っているのかもしれ
ません。

早く動く。 早く見せる。 早く相談する。
そして、 そこから丁寧に磨いていく。
我々は、 そんな仕事の仕方を大切にしています。

丁寧さとは、 時間をかけることではない。 相手の時間まで大切にすること。
最初から完璧である必要はありません。
未完成でも一歩を踏み出し、 周囲と一緒により良い答えをつくっていける人。
今日も商談に向かう車の中で、 私は自分にそう言い聞かせています。

この文章が、 これから一歩を踏み出そうとしている皆さんの、 小さな後押しになれば嬉し
く思います。

参考・引用元
大愚和尚の一問一答/Osho Taigu’s Heart of Buddha「『速く』『丁寧に』仕事するためには、〇〇を優先せよ」
株式会社リクルートマネジメントソリューションズ「新入社員意識調査2025」の分析結果を発表