転職を考えるとき、多くの人は「この会社は成長できそうか」「この業界に将来性はあるか」を無意識に見ています。もしあなたが今、広告・ブランディング・制作・IT業界でのキャリアを考えているなら、少し立ち止まって考えてほしい問いがあります。自分が入ろうとしている会社は、時代の変化に「使われる側」でしょうか、それとも「使う側」でしょうか。
先日、「デジタル主権」をテーマにしたある動画を見ました。日本は生活のあらゆる場面でアメリカ企業のインフラに依存し、AIの学習データが判断や思想そのものに入り込む時代に、国としての主権をじわじわと明け渡しつつある、という内容でした。中国は8年以上前から国家AI戦略を進め、日本の国家戦略予算は、Googleが一度にAnthropicへ投じた額の6分の1程度しかない、というくだりには正直、背筋が寒くなりました。
ただ、この話を「国の問題」として遠くに置いておくのは、経営者としては誠実じゃないなと思うんですよね。同じ構造は、僕たちのようなブランディング・制作の会社の中にもそのまま存在していますし、突き詰めれば一人ひとりのキャリアの中にも存在しています。海外プラットフォームやAIツールに依存するだけの会社・個人であり続けるか、それとも自分たちの視点と技術を持ち、主導権を握る側に回るか。この記事では、その分かれ目について、僕なりの持論を書いてみようと思います。
数字で見ると、この格差はかなり生々しいものです。経済産業省の資料によれば、2026年度の日本の国家予算のうちAI・半導体関連は1兆2390億円、国産の基盤モデル開発に限れば3873億円、5年間でおよそ1兆円規模の支援計画とされています。一方で2026年4月、Googleは最大400億ドル(約4兆円)をAnthropicに投資すると報じられました。Amazonの分も合わせれば、1回の投資判断だけで日本の5年分の国産AI予算を上回る規模になります。
| 日本の国産AI基盤モデル支援(5年間) | 約1兆円規模 |
| GoogleのAnthropicへの投資(2026年4月、1回) | 約4兆円(Amazon分含め9兆円超規模) |
さらに、経済産業省のレポートでは、海外プラットフォームへの依存によって生じる「デジタル赤字」が2025年上半期だけで3.4兆円、10年前の約2.6倍に達し、放置すれば2035年に最大45兆円まで膨らむという試算も出ています。JIPDECの調査でも、企業の生成AI組織活用率は36%にとどまり、大企業の59.1%に対して中小企業は30%前後と、約30ポイントの差が開いたままです。
この数字を見て僕が思うのは、「持つ側」と「持たざる側」の差は、国家レベルでも会社レベルでも、放っておくと勝手に開いていくということです。そして会社の中で「持つ側」に立てるかどうかは、結局そこで働く一人ひとりが、道具に使われる側でいるか、道具を使い倒す側に回るかにかかっています。これは他人の会社の話ではなく、自分たちの会社、そしてそこで働く一人ひとりのキャリアにも当てはまる問いだと感じています。
僕はこの業界に入って四半世紀以上になりますが、正直に言うと、後戻りできない変化を何度も目の当たりにしてきました。入社した頃にはすでに写植という仕事はなくなっていて、IllustratorやPhotoshopでのデジタル制作が当たり前でした。データをMOやCD-Rに焼いて宅急便で送っていた時代から、オンライン入稿に変わり、郵送のスケジュールを前提にしたワークフローが根底から崩れました。そのたびに、それまで通用していたスキルセットが意味を失っていくのを見てきました。
ビジネスの世界はいつも相対的なもので、僕はよく「下りのエスカレーターを登っている感覚」だと表現します。自分では頑張っているつもりでも、周りが変わらないと、相対的には下がっていく。AIによって、そのエスカレーターの下る速度は、これまでのどの技術変化よりも圧倒的に速く、大きくなったと感じています。変化そのものは怖い。でも、変化を怖がって立ち止まることの方が、実はもっと怖い。これが、これまでの技術変化を全部見てきた上での実感です。
AIが入ったことで、あらゆる業務の「最低品質」が底上げされていると感じています。デザインの世界では、AIが数分で出してくるアウトプットのレベルが年々上がっていて、正直「このくらいなら自分でもできるな」と思う場面が増えました。文字校正はAIの方が精度高くチェックできるし、スピードは圧倒的です。
分かりやすいのはコンサルティングの領域です。AIが登場したとき、コンサルタントの仕事は失われると言われました。実際には業界そのものがなくなったわけではありません。ただ、業界情報を集めて課題を絞り込み、数的根拠をつけてスライドにまとめる、という「情報のパッケージ化」に払われていたお金は、確実に薄れてきています。お客様自身が、欲しい情報を欲しい形で自分で手に入れられる時代になったからです。
誰でもできることには、もうお金がつかない。これはデザインもコンサルティングも、僕たちのようなブランディング支援の仕事も、例外ではありません。だからこそ、型を壊す独自の表現や、言葉にしにくい「空気感」を読み取る感性の価値は、むしろ上がっていくと考えています。
この問いに対して、僕たちが実際に試していることがあります。これまで日本法人のアシスタント的な役割だったフィリピンの子会社LH&creatives Inc.を、あえて「Lab」として再定義しました。デジタルアートに近いリッチな表現を先にフィリピンで実験し、成果を日本に逆輸入する。これまでとは逆の構図です。
正直に言うと、日本のスタッフに少し焦りを感じてほしいという気持ちもありました。需要が来てから動くのでは遅い。手札は、求められる前に増やしておく必要があります。そしてこの実験は、フィリピンのメンバーにとってもチャンスになっています。転職理由の多くが「新しい技術に挑戦したい」というものだったことも、後から分かった発見でした。
海外のプラットフォームやAIに依存するだけの立場にとどまるか、自分たちで実験を仕掛け、手札を先に持っておく側に回るか。この差は、国家間の主権争いと同じ構造で、少しずつ、しかし確実に開いていくはずです。
社内で昔からよく使っている言葉に、「羊はいらない」というものがあります。羊とは、言われないと動かない、自分から情報を取りに行かない人のことです。指示待ちで次の指示を聞く「自発的」な姿勢と、前のめりで自ら提案する「主体的」な姿勢は、似ているようでまったく違います。
正解のない場所で「たぶんこうじゃないか」と仮説を立て、泥臭く動き、何度でもやり直せる力。僕たちはこれを「事業家気質」と呼んでいます。起業をしてほしいという意味ではなく、目の前の仕事を、誰かに与えられたタスクではなく自分の「事業」として引き受けられるかどうか、という話です。デジタル植民地化が進む時代だからこそ、自分たちの存在意義を自分ごととして考えられる人と、一緒に手札を増やしていきたいと思っています。
国の主権も、会社の主権も、そして一人ひとりのキャリアの主権も、気づいたら誰かに預けてしまっている、ということが起こり得る時代です。だからこそ、変化を恐れるのではなく、変化の中に自分の価値を見つけようとする人と、僕たちはこれからも試行錯誤を重ねていきたいと考えています。