「なぜあの企業のSNSは、頼んでもいないのに顧客が勝手に拡散してくれるんだろう」。そんな疑問を持ったことがある経営者は、僕だけではないはずです。最近、フィットネス業界で「HYROX(ハイロックス)」という競技が急拡大しているのをご存知でしょうか。世界の参加者は150万人を超え、2032年のオリンピック競技入りも視野に入っているといいます。広告をほとんど打っていないのに、InstagramやTikTokに参加者自身がレース映像や仲間との絆を投稿し、それを見た人がまた次の大会に参加する。この循環を見ながら、僕は「これはフィットネスの話ではなく、ブランディングの話だ」と感じました。今日は、この現象を入り口に、中小企業がどうすれば広告費に頼らず「人が自然と集まる」ブランドをつくれるのか、僕なりの持論をお伝えします。
HYROXは、ランニングと筋力トレーニングを組み合わせた大会形式のフィットネス競技です。ドイツで生まれ、日本でも2026年には大阪・インテックス大阪での開催や、国内提携ジムの40店舗規模への拡大が進んでいます。会社でも家族でもない、いわば「第三の居場所」として、特に若い世代のあいだで支持を集めているのが特徴です。
興味深いのは、この競技がペアやチームのリレー形式を採用している点です。一人で黙々と記録を追うのではなく、仲間と挑み、称え合う過程そのものがSNSでの発信素材になります。レース中の表情、ゴール後のハイタッチ、次の大会に向けた練習風景。すべてが「見せたくなる」体験として設計されているからこそ、参加者自身が広告塔になっていく。僕はここに、これからのブランディングの本質が凝縮されていると感じています。
もともと「ファンダム」はアイドルやアニメなど、特定のコンテンツを熱心に応援する集団を指す言葉でした。しかしSNSの普及によって、この構造はあらゆる業界に広がっています。企業が一方的にファンを「囲い込む」のではなく、ファンの共感・参加・発信を前提にブランドを一緒に育てていく。この発想の転換が、いま多くの企業に求められています。
中小企業のブランディングにおいても、大きな広告予算をかけずに独自の存在感をつくる鍵は、競合にはない「差別化ポイント」を見つけ、それに共感してくれる少数の熱心な顧客を大切にすることだと言われています。HYROXも最初から150万人を集めたわけではありません。少人数のコミュニティが熱量高く発信し続けた結果、雪だるま式に広がっていった。この順番を間違えると、コミュニティづくりはうまくいかないというのが僕の実感です。

僕がお客様のマーケティング支援をお引き受けするとき、最初に必ずお伝えしていることがあります。それは「マーケティングとは、広告を出すことでも、SNSを運用することでもない。お客様が自然と集まってくる仕組みをつくることだ」という考え方です。
この言葉は抽象的に聞こえるかもしれませんが、HYROXの事例に当てはめるとわかりやすくなります。彼らは「大会に来てください」という広告を打つ前に、参加者が思わず誰かに話したくなる体験そのものを設計しました。レース内容、コミュニティの温度感、ゴール後の高揚感。すべてが逆算されているからこそ、SNS上での拡散は結果として起きているにすぎません。手段としてのSNS運用から入ると、この順序を見誤ります。
僕たちが施策を考える際も、チャネルや手法を先に決めることはしません。「誰に」「何を」「なぜ届けるのか」を整理してから、Webサイトや広告、SNS、採用媒体といった接点を有機的につなげていく。この順番を守るだけで、同じ予算でも生まれる熱量がまったく変わってくると感じています。実際、自社開発したAI解析ツールで複数媒体のデータを横断して見てみると、「熱量の高いファンが生まれている接点」と「単に閲覧されているだけの接点」がはっきり分かれることが多く、感覚だけに頼らずどこに力を注ぐべきかを判断できるようになりました。
一方で、多くの企業が「うちもコミュニティマーケティングをやろう」と、SNSキャンペーンやインフルエンサー起用から着手して伸び悩む姿を見てきました。原因はシンプルで、「なぜそれをやるのか」が抜け落ちたまま、「何をやるか」だけが先に決まってしまうからです。
ファンは、企業側の都合で動員される存在ではありません。ブランドの理念や世界観に共感したうえで、自ら情報を集め、周囲に薦めたくなる人たちです。だからこそ、企業側が最初に問うべきは「うちは誰の、どんな気持ちに応えているのか」という一点に尽きます。この問いを飛ばしたまま盛り上げようとしても、一時的な話題にはなっても、継続的な熱量にはつながりにくいというのが僕の見立てです。
実際に僕たちがお客様のご相談を受ける中でも、「SNS運用を強化したいが、何を投稿すればいいかわからない」という声を数多くいただきます。話を伺っていくと、投稿ネタ以前に、そもそも「誰に何を伝えたい会社なのか」が社内で言語化されていないケースがほとんどです。手段(SNS)を磨く前に、目的(誰の、どんな気持ちに応えるか)を固める。この順番の逆転が、盛り上がらないコミュニティ施策の共通点だと感じています。
僕がお客様と向き合うときに大切にしているのは、「なぜそれをするのか」を突き詰めて言語化することです。曖昧なイメージのまま走り出すのではなく、理想の状態と現在地のギャップを明確にし、そこから逆算して一つひとつの接点を設計する。地味な作業に見えますが、この積み重ねこそが、あとから振り返ったときに「熱狂的なコミュニティ」と呼ばれるものの正体だと僕は考えています。
HYROXも、突然バズったわけではありません。フィットネス業界に長年携わってきたキーパーソンたちが、競技のルールづくりからコミュニティの温度感まで、地道に設計を重ねてきた結果です。派手な広告よりも、参加者一人ひとりが「また来たい」「誰かに話したい」と思える小さな成功体験を積み重ねること。中小企業がブランドを育てるうえでも、遠回りに見えて、これが最も確実な道だと僕は思っています。
僕は、熱狂的なコミュニティを設計するうえで欠かせない視点は次の3つだと考えています。

この3つは特別な発想ではありません。ただ、日々の業務に追われていると、つい「何を発信するか」から考え始めてしまう。だからこそ、経営者自身が定期的にこの順番を確認し続ける必要があるのだと、僕は自戒を込めて感じています。
広告費をかけずに人が集まるブランドと、広告費をかけても人が集まらないブランド。その差は、才能やタイミングではなく「誰に、何を、なぜ届けるのか」をどれだけ突き詰めて設計したかにあると、僕は考えています。もし自社のブランドや採用、マーケティングにおいて「発信しているのに広がらない」という感覚があるなら、それは発信量の問題ではなく、設計の順番が入れ替わっているサインかもしれません。この「なぜ」を一緒に言語化していく作業は、社内だけで進めようとすると意外と難しく、僕たち自身もお客様と対話を重ねながら日々ヒントをもらっています。そんな視点で、一度自社のブランドを見直す機会にしていただけたら嬉しいです。
参考・引用元
世界最大のフィットネスレース「HYROX」が日本展開を本格化―日本市場でのコミュニティ形成とスポーツツーリズム、ジム活性化を目指す | Fitness Business
ブランドのファン化とは?顧客が熱心な「応援者」になるマーケティング戦略 | Commune
事例から学ぶ!「ブランディング」 | 経済産業省 中小企業庁
ファンダムとは何か|企業への影響、マーケティングのポイントも解説