「大事な話ほど、なぜか自分の耳に届くのが一番遅い」。経営者や部門責任者と話していると、驚くほど頻繁にこの悩みにぶつかる。現場では誰かが気づいていたはずの違和感が、いつまでも上に上がってこない。かと思えば、些細な報告だけは律儀に上がってくる。僕自身、フィリピン子会社の経営や社内の権限委譲を進める中で、何度もこの壁にぶつかってきた。今日は「情報が上がってこない組織」の正体について、自分の実体験を踏まえながら、少し立体的に考えてみたい。
多くの経営者は「情報が上がってこないのは、部下が報告を怠っているからだ」と考えがちだ。でも僕は、この見方自体があまり正しくないと思っている。情報が上がってこないのは、たいてい「言わない人」がいるからではなく、「言うべき基準」と「言っていい空気」が設計されていないからだ。
これは規模の小さな組織ほど深刻な問題になる。中小企業庁が公表した2025年版中小企業白書では、従業員へ経営理念やビジョン、経営情報を共有している企業ほど、従業員の主体性の醸成や業績向上、人材定着に寄与する可能性が示されている。
さらに、売上高10億円未満の企業では「経営者の兼務解消・権限委譲」への取り組み割合が他の規模より高く、経営者に集中しがちな職務権限をどう手放すかが共通の経営課題として浮かび上がっている。つまり、情報の目詰まりは特定の会社の特殊事情ではなく、成長過程にある企業がほぼ例外なく通る関門だということだ。
「権力が大きくなるほど、現場の情報は届きにくくなる」という例でよく取り上げられるは、航空機のコックピットでは本来、機長と副操縦士が互いのミスを補い合う設計になっているはずなのに、経験豊富な機長が操縦しているときのほうが事故率が高くなるというデータだ。副操縦士が違和感を覚えても、経験と権威のある機長には指摘しづらいということらしい。
権力と情報の可視化は、しばしばトレードオフの関係にある。この構図は、日本企業の「社長直轄プロジェクト」にもそのまま当てはまると氏は語っている。権限が大きく、政治力もあるリーダーほど、実は現場の異論が届きにくい立場に置かれてしまうのだ。
この背景を説明する概念のひとつが「権力格差指標(PDI)」だ。組織の中で権限の弱い立場の人が、不平等な上下関係をどれだけ当然のものとして受け入れているかを示す指標で、日本はこの数値がグローバル平均より高いとされる。目上の人への反論や異論が起こりにくい国民性が背景にあると言われており、だからこそ「危険を感じたら報告せよ」というルールや性善説だけに頼っていては、本来届くべき情報は上まで届かない。

この話は、僕自身にとって決して他人事ではない。以前、会社の数字の管理を社長に任せたことがある。自分では「これでようやく本物の権限委譲ができた」と思っていた。ところが、任せてしばらく経ってから、一部の数字が自分の目に入りにくくなっていることに気づいた。
正直に言うと、最初は少し焦った。「任せる」つもりが、いつの間にか自分にとって都合の悪い情報を遠ざける「放任」になっていたのではないか、という自己疑念も生まれた。同時に、自分が数字の細部と向き合うことから逃げていただけではないか、という思いもよぎった。
結局、外部の財務コンサルタントを入れて、数字の可視化と整理を進めることで対応した。この経験から学んだのは、権限委譲そのものが悪いのではなく、「委譲した先の情報が、委譲した人間の目にどう戻ってくるか」という回路を同時に設計しない限り、権限委譲は簡単に情報の空白を生んでしまうということだ。任せることと、見えなくなることは、放っておけば簡単に同義になる。
僕が社内でよく使う言葉に「羊はいらない」というものがある。羊とは、言われないと動かない、自分から情報を取りに行かない人のことを指している。自発的であることと、主体的であることは似ているようでまったく違う。自発的というのは「指示待ちで、次の指示を聞きに行く」姿勢であり、主体的というのは「前のめりで、自ら提案しにいく」姿勢だ。
この違いを組織のメンバー全員が理解しているかどうかで、情報の流れる速度はまったく変わってくる。
組織のボトルネックというのは、多くの場合、能力の低い人がボトルネックになるのではなく、情報を「待つ」姿勢の人が集まった箇所がボトルネックになる。だからこそ、情報共有の仕組みやツールを整える以前に、「情報は待つものではなく、取りに行くものだ」という前提を組織の共通認識にすることのほうが、実は効果が大きいというのが僕の実感だ。

ここで、もうひとつ大事な視点を付け加えたい。情報を「取りに行く」文化を作るには、公式な報告ルートを整備するだけでは足りない。むしろ、公式なルートでは絶対に拾えない小さな違和感やアイデアをすくい上げる「非公式な回路」が要る。その代表格が、いわゆる雑談だ。
経営コンサルタント・の山口周氏は、日本を代表する企業の幹部候補者を対象にしたアセスメントで、約半数のリーダーが「指示命令」型か「率先」型という、会議や文書で完結するスタイルに偏っていたというデータを紹介している。裏を返せば、非公式かつ一対一で話す場を意図的に持たない限り、マネジメントの半分は機能しないということでもある。
ポジティブなフィードバックはスピード重視でどんな手段でもいいが、ネガティブなフィードバックは必ず対面で行うべきだという原則も、結局は「言いにくいことを言い合える関係」をどう事前に作っておくかという話に帰着する。
第二次世界大戦中に急造されたマサチューセッツ工科大学(MIT)の木造バラック「20号館」からは、55年の間にノーベル賞受賞者が9人生まれ、音響機器メーカーBOSEの歴史もここから始まったという逸話がある。まったく異なる分野の研究者が同じ建物に集まり、偶発的に交わした雑談が、数々のイノベーションの火種になったのだという。Googleが社内にリフレッシュスペースを24時間開放しているのも、トヨタ自動車が部門をまたいだ社内クラブ活動を奨励しているのも、根っこは同じだと思う。雑談を「業務外の無駄」として切り捨てるのではなく、組織のインフラの一部として意図的に設計しているということだ。
正直、雑談の効果を「今月の生産性が何%上がった」という短期の物差しで測ろうとすると、たいてい「なくても困らない」という結論になる。でも組織の健全性というのは、本来もっと長いスパンでしか見えてこないものだと僕は思う。得になるかどうかを毎回計算してから始まる会話などほとんどなくて、自分にとって大きな意味を持つ出会いや気づきは、たいてい偶然の会話から生まれている。
権限委譲をすれば情報が見えにくくなり、雑談を削れば偶然の気づきが減る。どちらも、効率化という名のもとに真っ先に削られやすい部分でありながら、実は組織の生命線に近い場所にある。僕がフィリピン法人の運営や社内の権限委譲を通じて学んだのは、情報が自然に集まる組織というのは、性善説に頼って「何かあれば報告してね」と待つ組織ではなく、情報を取りに行く前提と、それを言いやすくする非公式な場の両方を、意図的に設計した組織だということだ。
この「見えなくなっていく感覚」と、それをどう可視化し直すかという問いは、組織づくりに限った話ではないと僕は思っている。ブランドも事業戦略も、放っておけば経営者本人の頭の中にしかない曖昧なイメージのまま止まってしまう。それを他人が理解できる形に言語化し、組織の隅々まで浸透させる作業は、今日書いてきた「情報回路の設計」とほとんど同じ構造をしている。もし自社の中にある大事な情報や強みが、外からも社内からも見えにくくなっていると感じている経営者の方がいれば、その感覚こそが、次の一手を考える一番のヒントになるはずだ。
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