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2026.09.14

欲しいものが減ってきた話と、パーパスが言葉にならない理由は、たぶん同じだ

欲しいものが減ってきた話と、パーパスが言葉にならない理由は、たぶん同じだ

先月、あるお客様の経営者の方と月イチの壁打ちをしていたとき、雑談のつもりでふと自分の話をした。「最近、欲しいものが減った気がするんです」と。

若い頃は物欲がかなり強かった。良いものを持ちたい、周りに「わかってる」と思われたい。そういう気持ちが原動力だった時期が確実にある。でも50歳を前にして、それが明らかに小さくなっている。

ただの世間話のつもりで話したんだけど、これが自分でも妙に引っかかった。というのも、これは「パーパスを言葉にしてほしい」と相談してくる経営者の方たちと、実はまったく同じ壁にぶつかっている話だと気づいたからだ。

パーパス、つまり会社の存在意義を言葉にしたいという相談は、ここ数年ずっと多い。でも実際に策定のプロセスに入ると、経営者がまず躓くのは「言葉が出てこない」ことじゃない。「本当に大事にしたいものが、自分でもまだはっきり分かっていない」ことの方だ。ここを混同したまま進めると、パーパス策定は最初から詰む。

宝地図に写真を貼っても、欲しいものは増えない

最近、ある自己啓発本の要約動画を見た。コルクボードの真ん中に自分の笑顔の写真を貼り、その周りに欲しいもの・行きたい場所・なりたい姿の写真を配置していく、いわゆるビジョンボードの手法を紹介するものだった。人間の脳は省エネ体質で、繰り返し目にするものを「本当に望むもの」として認識しやすい性質がある、という説明が続く。理屈としては分かる。視覚的に繰り返し触れることが行動の後押しになるという話は、脳の仕組みとしても納得できる。

でも、僕がひっかかったのはそこじゃない。ビジョンボードが機能する前提には、「自分が何を欲しいか、もうわかっている」という条件がある。欲しいものの写真を集められる人は、すでに答えを持っている人だ。パーパス策定で本当に苦労するのは、その手前の話であることの方が圧倒的に多い。自社が何を大事にしたいのか、まだ輪郭すら見えていない状態から始まる会社の方が、現場では普通なのだ。

物欲が減ったんじゃなく、基準が変わっただけだった

物欲が減ったんじゃなく、基準が変わっただけだった

自分の話に戻る。「欲しいものが減った」と言ったものの、よく考えると物欲そのものが消えたわけじゃない。最近買ったものを振り返ると、ある高価格帯の掃除機や電気シェーバーなど。どちらも、若い頃に憧れていたブランドバッグや時計とは毛色がまったく違う。歯周病予防のために作られた道具など、実用的なものだ。共通しているのは、「見せるための価値」じゃなく「使うための価値」にお金を払っている、ということだ。

これは会社のパーパスにもそのまま重なる話だと僕は思っている。創業期の会社は、往々にして「大きくなりたい」「有名になりたい」というわかりやすい欲求で動く。それ自体は悪いことじゃない。むしろ最初の推進力としては健全だ。ただ、会社が成熟していく過程のどこかで、「見せるための会社」でいたいのか、「使われる・頼られる会社」でいたいのかという基準の変化が、必ず起きる。パーパス策定という作業は、この基準の変化に、言葉が追いついていく作業なんだと思う。

面白いのは、この基準の変化は、本人が「変わった」と自覚する前に、行動の方が先に変わっているということだ。歯ブラシに一万円以上出すことに迷いがなくなっていたり、掃除機に数万円を出している・・・こう書いてみると周囲の経営者に比べて桁が何桁も違う話だと気づくわけだけども。

会社で言えば、採用の基準がいつの間にか「優秀そうな人」から「一緒に長く仕事をしたい人」に変わっていたり、断る仕事の種類が変わっていたりする。パーパスを言葉にする作業は、こうしたすでに起きている行動の変化を、後から拾い上げて意味づける作業に近い。ゼロから理想を作文する作業では、断じてない。

「理念は掲げるものじゃなく、使うもの」という前提に立つ

僕らの会社では、理念というのは掲げて満足するものじゃなく、日々の意思決定で実際に使うものだという考え方を大事にしている。パーパスも同じで、額に入れて壁に貼った瞬間に完成するものではなく、むしろそこからが本番だ。

お客様と一緒に存在意義や会社の構想について話し合うとき、最初に出てくる言葉はたいてい綺麗すぎて、誰にも刺さらない。「地域社会に貢献する」「お客様の笑顔のために」、間違ってはいないけれど、それだけでは日々の意思決定の基準として機能しない。本当に使えるパーパスは、もっと個人的な原体験や、経営者自身の「譲れない違和感」から言葉を掘り出す必要がある。きれいな標語を探しにいく作業とは、根本的に別物だ。

中小企業がパーパス策定でつまずく理由

中小企業がパーパス策定でつまずく理由

中小企業のパーパス策定に携わっていて感じるのは、多くの会社がいきなり「かっこいい言葉」を探しにいってしまうことだ。ミッション・ビジョン・バリューのフレームワークを埋めていく作業に入った途端、他社と似たような、当たり障りのない言葉に収束していく。これはもう、あるあるを通り越して構造的な問題だと思う。

遠回りに見えて実は近道なのは、経営者自身の「物欲の変化」のような、個人的な気づきから始めることだ。最近、何にお金と時間を使うようになったか。何にはもう心が動かなくなったか。逆に、昔は見向きもしなかったのに、今は妙に気になるようになったことは何か。こうした具体的な変化を洗い出していくと、その奥に「この人、この会社が本当に大事にしていること」の輪郭が見えてくる。それを言葉に磨き上げていくのがパーパス策定であって、最初から立派な言葉を探しにいく作業じゃない。ここを取り違えている会社が、体感でかなり多い。

もうひとつ、つまずきやすいポイントがある。経営者ひとりの原体験だけで完結させてしまうことだ。創業者の想いは大事な出発点だけど、それをそのまま額面通りの標語にしても、社員にとっては「社長の作文」にしかならない。壁打ちの中で経営者の違和感や原体験を掘り出したあと、それを現場の社員がどう解釈しているか、実際の仕事のどんな場面でその価値観が表れているかを、あらためて社内で照らし合わせる工程を挟む必要がある。この行き来を省略すると、パーパスは経営陣だけの言葉のまま、現場では誰も使わない飾りになる。

言葉にしたあと、どう「使うもの」にしていくか

パーパスが完成したら、それを事業判断や採用基準、日々の行動指針にどう落とし込むかが次の課題になる。僕らの場合、行動指針として「尊敬・素直・自責」というシンプルな言葉を持っているけれど、これも壁に貼るための標語じゃない。実際の評価や意思決定の場面で「これは尊敬に値する動きか」と問い直すために使っている。パーパスも本来はこの位置づけであるべきで、策定した瞬間がゴールではなく、そこから日々の判断基準として摩耗させながら使い込んでいくものだ。

まとめ:大事なものは、削ぎ落とされた先に見えてくる

ビジョンボードのように「欲しいもの」を並べて見せる手法は、たしかに背中を押してくれる場面もあると思う。でも、僕がお客様との雑談から気づいたのは、本当に大事なものは、年齢を重ねたり会社が成熟したりする中で、足していくものじゃなく、削ぎ落とされた先に見えてくるものだということだ。パーパス策定という作業も、きれいな言葉を新しく作り出す作業というより、すでにそこにある「大事にしていること」を掘り当てて、言葉にして、使い倒していくプロセスなんだと思う。

もし自社の存在意義を言葉にする作業でつまずいているなら、フレームワークより先に、経営者自身が「最近、何にお金と時間を使うようになったか」「逆に、何にはもう心が動かなくなったか」を棚卸しすることから始めてみてほしい。ひとりで棚卸しするのは、正直かなり難しい。誰か第三者と壁打ちしながら言葉にしていく方が、たいてい早い。僕らが普段、お客様のパーパス策定でまずやっているのも、実はこの棚卸しの壁打ちだったりする。

市川厚

WRITTEN BY