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2026.09.23

ブランドが”バラバラ”に見える会社に足りないのは、翻訳する力だ

ブランドが”バラバラ”に見える会社に足りないのは、翻訳する力だ

先日、あるブランドプロデューサーの方が対談番組で語っていた話が、ずっと頭に残っている。スターバックスの話だ。あの店は「サードプレース」、家でも職場でもない、3番目の居場所でありたい、というコンセプトを掲げている。

面白いのはその先だった。「じゃあ、あの分厚くてやけにお金のかかっていそうなカップは、何のためにあるのか」という話になったのだ。あれは容器である以前に、お客様とブランドとの“接点”であり、サードプレースという抽象的な言葉を、手で触れられる体験にまで翻訳したものなんだ、と。

僕はこの話を聞きながら、日々の仕事で何度も感じてきた違和感の正体が、少し分かった気がした。ロゴを作った、コーポレートサイトを刷新した、名刺のデザインも統一した——BtoB企業の担当者と話していると、こうした「点」の整備はもう終わっている会社が案外多い。なのに、「なんとなくブランドがバラバラに見える」という感覚だけが残っている。その理由は、たぶんこの「翻訳」という工程が丸ごと抜けているからだと思う。

コーポレートブランディングという言葉を、僕は「企業の理念や存在意義を、あらゆる接点を通じて一貫した形で伝えていく活動」だと捉えている。定義はシンプルだけど、実際にやってみると「一貫した形で」の部分がとにかく難しい。ここから先は、その難しさの正体と、僕らが日々どう向き合っているかという話をしたい。

「サードプレース」は、なぜあの分厚いカップにまで宿るのか

「サードプレース」は、なぜあの分厚いカップにまで宿るのか

コンセプトそのものは、実はそんなに複雑じゃない。「3番目の居場所でありたい」。それだけ聞けば、誰でも頷ける素直な言葉だ。でも、この言葉を店舗設計・スタッフの接客・容器・ホームページ・SNS……という無数のタッチポイントに落とし込もうとすると、とたんに難しくなる。

「サードプレースらしい店舗」ってどんな店舗だろう。「サードプレースらしい接客」ってどんな接客だろう。たいていの会社は、ここで思考が止まってしまう。番組の中では、その”翻訳”の答えとして「近所の人を温かく迎えるようなサービス」という、もう一段具体的な言葉が示されていた。「市川さん、おはようございます。いつものラテでいいですか」——ここまで解像度を上げて初めて、スタッフは今日何をすればいいか分かるし、あの容器にお金をかける理由にも説明がつく。

僕自身、この「名前で呼ばれる」ことの効果を実感した経験がある。フィリピンで子会社を立ち上げるために3年半駐在していたとき、現地のスタッフには「ATSUSHI」の”ツ”の発音がどうしても難しいらしく、行くたびに微妙に違う名前で呼ばれていた。それで途中から「ASH」と名乗るようになったんだけど、当時髪をアッシュカラーに染めていたこともあって、一度で名前を覚えてもらえるようになった。通っていたカフェで「ASH」と名前を呼ばれるようになると、番号札やベルで呼び出されるのとは明らかに違う感覚があって、店やスタッフとの関係が少しずつ積み重なっていくのを感じた。番号やベルという行動の設計ひとつで、「サードプレース」というコンセプトが伝わるかどうかが変わってくる——これも立派な翻訳の一つなんだと思う。

この容器へのこだわりは、今も更新され続けている。スターバックスは1996年の日本上陸時からマグカップでの店内提供を続けてきたけど、2023年3月末には繰り返し使える樹脂製グラスをアイスビバレッジ向けに全国導入し、2025年5月にはモバイルオーダー&ペイでもマグやグラスを選べるようにした。グラス導入から2年で、使い捨てカップとリッドの廃棄物を約1,400トン削減したという。「サードプレース」という言葉を一度翻訳して終わりにするんじゃなくて、時代に合わせて何度も翻訳し直し続けている。一貫性というのは「変わらないこと」じゃなくて「同じ軸で更新し続けること」なんだと、このアップデートを見ていて思う。

僕らが日々やっているコーポレートブランディングの仕事も、突き詰めればこの「翻訳」の連続だ。理念という抽象的な言葉を、ロゴという視覚言語に、Webサイトという体験に、営業資料という接客に、一つひとつ翻訳し直していく。ロゴを作ること自体がゴールなんじゃなくて、その先にある無数の接点で、同じ言葉が繰り返し語られているかどうかが本当の勝負になる。

「79%が社内コミュニケーションに課題」。理念が届かない会社で起きていること

この翻訳作業、実は社外向けのタッチポイントだけの話じゃない。むしろ僕は、社内の方がよっぽど深刻だと感じている。

2024年に株式会社ソフィアが実施した「インターナルコミュニケーション実態調査」によると、社内コミュニケーションに「問題がある」と答えた企業は79%にのぼるそうだ。さらに気になるのは、自社の経営戦略に「共感している」と答えた従業員が、わずか10%しかいなかったという数字。問題が起きている場所を見ると、部門間で58%、上司と部下の間で51%、経営陣と社員の間でも42%が課題を感じているという。まぁ、耳の痛い話ではある。

これはつまり、理念やビジョンという「言葉」自体は掲げられているのに、それが日々の行動へと翻訳されないまま、社内のあちこちで止まってしまっている状態なんだと思う。日経リサーチの調査でも、似た指摘があった。お客様と直接の接点を持たない部門(経理や製造など)の社員は、理解・共感・行動のすべてで意識が低くなりがちだけれど、たとえ直接の接点がなくても企業理念に共感さえしていれば、7割以上が実際の行動に結びつけているというのだ。

つまり浸透の鍵は「接点の有無」よりも「共感できる翻訳がされているかどうか」の方なんだと思う。号令をかけるだけでは、人はなかなか動いてくれない。

ブランドは”掲げるもの”じゃない、”使うもの”だ

ライオンハートには「笑顔創造」という理念があるんだけど、これを社内で運用しながらいつも思うのは、理念というのは額に入れて飾っておくものじゃなくて、日々の判断の場面で実際に”使う”道具だということだ。

「この提案でお客様は本当に笑顔になるか」「このやり取りは、仲間の笑顔につながっているか」。毎日の小さな意思決定の中でこの言葉を引っ張り出して、目の前の状況に当てはめてみる。それを繰り返しているうちに、理念というのは掲げた瞬間じゃなくて、使われた瞬間に初めて意味を持つんだと実感するようになった。

社内報に理念を載せて満足してしまう会社と、理念を判断基準として日常的に使い倒す会社。同じ言葉を掲げていても、この差はブランドの一貫性に直結する。翻訳が必要なのは社外向けのビジュアルだけじゃなくて、社員一人ひとりの日々の判断そのものなんだと思う。

一貫性は、リーダーが「ブレない自分の軸」を持つことから始まる

一貫性は、リーダーが「ブレない自分の軸」を持つことから始まる

さっきの対談番組でもう一つ印象的だったのが、「ブランディングにはリーダーが必要」という話だった。何をすればいいか分からない、という状態を放置しない。社員が迷わず動けるように、分かりやすい言葉にして示しておくのがリーダーの仕事だ、と。

これは経営者に限った話じゃなくて、チームを率いる立場の人全員に当てはまると思う。ブランドの一貫性がない会社を見ていると、担当者ごとに「らしさ」の解釈が微妙に違っていることが多い。それ自体は悪いことじゃない。でも、その解釈のズレを最終的に一本化する軸、「うちはこっちだよね」と言い切れる誰かがいないと、タッチポイントはどんどんバラバラになっていく。

僕らがブランディングのお手伝いをしていて一番効果を感じるのは、実はロゴやサイトが完成した瞬間じゃない。経営者やプロジェクトの責任者が、会議の場で「それってうちらしくないよね」と自分の言葉で言い切れるようになった瞬間だ。MVVなどの価値観が言語化されてくると、そうした瞬間は訪れる。そして、そこから先は、外部の僕らがいなくても、社内で一貫性を保つ判断が回り始める。

正直に言うと、僕自身もまだ自信満々にその軸を語れているわけじゃない。それでも、迷ったときに立ち返る場所を自分の中に持っておくこと、そしてそれを言葉にして周りに示し続けることだけは、意識してやろうと思っている。

コーポレートブランディングを「接点の翻訳表」として捉え直す

BtoB企業のブランディングというと、ロゴを作る、コーポレートサイトを作る、パンフレットを作る、という「制作物」の話で終わりがちだ。でも本当に大事なのは、その制作物の一つひとつが、理念やコンセプトという抽象的な言葉の”翻訳”になっているかどうかを、誰かが横断的にチェックしているかどうかだと思う。

LinkedIn B2B Instituteが示した「95:5の法則」、今まさに購買を検討している企業は市場全体のわずか5%で、残り95%は将来の見込み顧客だという、を踏まえると、BtoB企業のブランドは長い時間をかけて、あらゆる接点で少しずつ記憶されていくものだと分かる。だからこそ、一つの接点だけ立派に作り込まれていて、他の接点で言葉がブレている状態が一番もったいない。

コーポレートブランディングというプロジェクトを始めるときは、ロゴや作るものリストから考えるんじゃなくて、まず「うちの理念を、この接点ではどう翻訳すべきか」という役割の設定を作るところから始めてみるといいと思う。ロゴも、Webサイトも、名刺も、営業トークも、ぜんぶその役割一覧表の中の一行にすぎない。

実際、僕らがお客様のブランディングをお手伝いするときも、最初にロゴ案やデザイン案を出すことはほとんどない。まずは理念やコンセプトを一緒に言語化して、それを「採用ページではこう翻訳する」「展示会ブースではこう翻訳する」と、接点ごとに翻訳する壁打ちから始める。地味な作業だけど、この順番を飛ばしてビジュアルだけ整えても、結局どこかで一貫性が崩れてしまうのを何度も見てきた。

まとめ

「サードプレース」という言葉から「市川さん、おはようございます」という接客まで。「笑顔創造」という理念から日々の意思決定まで。ブランドの一貫性というのは、抽象的な言葉を一つひとつの接点に丁寧に翻訳し直す、地味だけど終わりのない作業の積み重ねでしかないんだと思う。

もし今、自社のブランドがどこかバラバラに見えている気がするなら、それはビジュアルの問題じゃなくて、翻訳が止まっている接点がどこかにあるだけかもしれない。その接点を一緒に探して翻訳し直す壁打ち相手として、僕らのことも思い出してもらえたらうれしい。

参考・引用元
株式会社ソフィア「インナーブランディング失敗の理由と対策」(インターナルコミュニケーション実態調査2024)
日経リサーチ「データが明かす理念浸透の壁」
電通B2Bユニット「第一想起の重要性 BtoB企業に『認知ブランディング』が必要な理由」(LinkedIn B2B Institute「95:5の法則」引用)
スターバックス コーヒー ジャパン プレスリリース「モバイルオーダー&ペイでマグ・グラス提供を選択可能に」(2025年5月)

市川厚

WRITTEN BY