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「クレドを作りたいんです」というご相談は、本当に多い。ありがたい話なのだけど、僕はいつも少しだけ身構える。作ること自体は難しくない。難しいのは、作ったあとに誰がそれを使うのか、という話だからだ。
きれいな言葉ができて、額に入って、会議室の壁に貼られる。それで安心してしまう会社は少なくない。でも半年後に「あれ、最近誰も口にしていないな」となる。インナーブランディングが浸透しない原因は、言葉の出来の悪さではないと僕は考えている。足りないのは、その言葉を使う場面と、経営者を含めた行動の設計だ。この記事ではその理由を、僕たち自身の失敗も含めて書いてみたい。
企業の姿を形づくる要素は、大きく3つに分けて考えられる。見た目を整えるVI(ビジュアル・アイデンティティ)、言葉を整えるMI(マインド・アイデンティティ)、そして行動を整えるBI(ビヘイビア・アイデンティティ)だ。この3つが揃って、はじめてCI(コーポレート・アイデンティティ)が完成する。
ところがご相談の多くは、VIかMIの話で止まっている。ロゴを新しくしたい、クレドを作りたい。もちろん大事なことだ。ただ、BIが抜けたままだと、CIは外から見えている部分だけが立派な状態になる。社内のメンバーは、言葉と実際の振る舞いのズレにすぐ気づく。
ここで、僕なりの定義を置いておく。インナーブランディングとは、理念や言葉を、社員一人ひとりの判断と行動に変えていくことだ。伝えることではなく、変わることをゴールにする。言葉が全員に知られている状態と、全員の判断に効いている状態は、まったく別物だと思っている。
この距離は、調査にもはっきり出ている。朝日広告社が2025年1月に実施した「ASAKOインナーパーパススコア調査」(国内55業界の20〜59歳、5,643人が対象)では、自社のパーパスが浸透していると答えた人の割合は全体で33.3%だった。前回の32.3%から1ポイントしか動いていない。
同じ調査では、自社のパーパスに理解・納得・共感・共鳴している社員がいる企業は、そうでない企業の3倍を超えるスコアを出しているという。言葉を作る会社は増えたのに、判断の拠り所として働いている会社はまだ少数派、ということになる。
米ギャラップの「State of the Global Workplace 2026」(2026年4月発表)も、同じ方向を向いている。2025年の世界の従業員エンゲージメントは20%で、2022年のピーク23%から下がった。しかもマネージャー層のエンゲージメントが、2025年の1年だけで27%から22%に落ちている。
理念を現場に届けるはずの中間に、余力が残っていないのだ。浸透が進まないのを、社員の意識の低さのせいにするのは筋が悪い。これは多くの企業にとって耳の痛い話ではないか。
偉そうに書いているけれど、ライオンハートも順調だったわけではない。創業当初は、明確な理念がなかった。組織が大きくなるにつれて、メンバーがそれぞれ違う基準で判断するようになり、一体感が薄れかけた時期がある。
そこから20年以上、理念経営を続けてきた。いま確信しているのは、理念とは、掲げるものではなく、判断のたびに使うものだということだ。何度もうまくいかない経験をして、理屈ではなく実感としてそう思う。使われない理念は、どんなに言葉が美しくても、壁の飾りと変わらない。
だから僕はクレドのご相談を受けたとき、文言の前にこう聞くことにしている。「この言葉は、どんな場面で誰が使いますか?」。答えに詰まるなら、まだ作る段階ではない。
では、何から手をつけるのか。僕の答えは、言葉の前に「使う場面」を決める、だ。理念が使われる場面は、実はそんなに多くない。
ひとつは採用だ。「この人は自社の価値観と合うか」を、全員が同じ物差しで見られる。もうひとつは評価で、「なぜこの評価なのか」を、好き嫌いではなく言葉で説明できるようになる。そして日々の会話。同じ軸で話せるようになると、バラバラの方向を向いていたメンバーが少しずつ揃っていく。

うちの行動指針「尊敬・素直・自責」も、同じ考え方で運用している。特別な才能がなくても、日々の心がけで実践できるものとして置いた。うまくいかなかったとき、まず「自分にできることはなかったか」と問い直す。それが理念を生きたものにする、いちばん小さな単位だと思っている。
ここで大事なのは、全員が同じ行動をとることではない。「迷ったときに戻る場所」が全員の頭にあること。それが理念の役割だ。
もうひとつ、浸透の取り組みで見落とされがちなのが、やり方の問題だ。分厚いブランドガイドラインを作って、全社メールで通達する。これでは参加ではなく、通告になる。
書体・フォントで知られるMonotypeの記事も、社内ブランディングは一方的な指示ではなく、みんなで取り組む参加型であるべきだと述べている。メール、プレゼン、請求書を扱う社員も含めて全員がブランドの一部を担うので、ルールを通達するだけでなく、ブランド資産に簡単にアクセスして使える環境を整えることが必要だという。社内向けの資料のフォント1つにも、ブランドの一貫性は宿る。細部に気を配る社員は、お客様が目にする部分の不整合にも気づきやすくなる、という指摘だ。
僕もこの考え方に近い。使いにくい理念は使われない。ルールを守らせるより先に、使いたくなる状態をつくるほうが早い。
最後に、いちばん厄介な話をする。BIの中心にいるのは、結局のところ経営者と管理職だ。Monotypeの記事は、ブランドが掲げる言葉と行動は、そのアイデンティティに誠実でなければならない、と書いている。従業員を大切にしない会社が、ロゴや書体にどれだけこだわっても意味を失う、とも指摘している。
これは耳が痛い話で、僕自身にも向いている。「笑顔創造」を理念に掲げている以上、お客様の笑顔だけでなく、パートナーや仲間の笑顔にも責任がある。経営者が理念と違う判断をすれば、その1回が、100回の朝礼より雄弁に伝わってしまう。
だからクレドづくりは、経営者が自分の行動を見直す時間と、セットでなければ意味がない。言葉を磨く時間の何割かを、「自分は明日から何を変えるか」に使ってほしい。
クレドが浸透しないのは、社員のせいでも、言葉の出来のせいでもない。VIとMIだけで完成させようとして、BIを後回しにしているからだ。使う場面を決める。参加できる形にする。そして経営者が先に動く。順番はこの3つだと、僕は思っている。
ライオンハートは、理念を「掲げる」で終わらせず「根づかせる」ところまで一緒に考える会社でありたいと思っている。自社で何度もつまずいてきたから、つまずく場所は少しわかる。もしいま、作ったクレドの置き場所に困っているなら、その話から聞かせてほしい。
A. 作り直す前に、その言葉が使われる場面が採用・評価・日々の会話のどこにあるかを確認してほしい。場面がないなら、言葉を変えても結果は同じになる。
A. 経営者自身の行動を1つ決めることから始めるのがいい。社員への発信より前に、経営者が理念に沿った判断を見せるほうが、伝わる速さが段違いだ。
A. 認知度のアンケートだけでなく、「迷ったときに理念を引いた判断」が増えたかを見てほしい。短期の数字で測りきれない面もあるので、採用や評価の場面で説明の言葉がそろってきたかを、定点観測するのがおすすめだ。
参考・引用元
朝日広告社「第三回 ASAKOインナーパーパススコア調査」(2025年)
Gallup「State of the Global Workplace 2026」プレスリリース(2026年4月)
Monotype「We’re All in This Together: The Importance of Building a Brand From the Inside Out」