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先月、あるお客様との定例の壁打ちMTGで、話が思わぬ方向に転がった。数社ほどだけど、壁打ち相手やクリエイティブのアウトプットについての相談相手として、月に1、2回ほど時間をいただいている契約のお客様がいる。その日のテーマは、「うちの理念、全然社内に浸透しないんですよね」という悩みだった。
一緒に原因を探っていたんだけど、話している途中でお客様自身が「あ、本気なら、すでに何かやっていますよね」とポツリと言った。行動していないこと自体が、実は本気じゃないことの証明なんじゃないか。誰かに指摘されたわけでもなく、その言葉で自己解決していた。
インナーブランディングが社内に浸透しない、という相談は本当に多い。だけど今日は、よくある原因を並べる記事を書くつもりはなくて、もっと手前のところで、経営者自身が疑うべきことがあると思っている。
インナーブランディングの失敗理由を調べると、経営陣の関与不足、研修の形骸化、評価制度との不整合といった説明が並ぶ。どれも間違ってはいないと思う。ただ、これらに共通しているのは「浸透させる仕組みが足りない」という話であって、「そもそも本気で動いているか」という話ではない。
「浸透委員会をつくった」「クレドカードを全社員に配った」という取り組み自体を否定するつもりはない。ただ、それを経営者自身が日々の意思決定でどれだけ使っているかを聞くと、途端に歯切れが悪くなることが多い。人事評価の場面で理念に沿った行動を評価軸に入れているか、経営会議で理念を判断基準として実際に持ち出しているか。突き詰めていくと、「配った」で止まっているケースが大半だ。
中小企業庁が2025年に公表した「2025年版中小企業白書」では、経営計画を立てるだけでなく、目標に向けた行動・進捗管理・定期的な振り返りという3つの要素をすべて実践している事業者は、そうでない事業者に比べて売上や利益の水準が明確に高いというデータが示されている。理念や戦略を「作った」かどうかより、「動かし続けているか」の差が、業績の差としてはっきり表れているということだ。
インナーブランディングも構造は同じだと思っている。理念を紙に書いて、朝礼で唱和して、それで満足していないか。行動が伴わない理念は、社員から見れば「やってみたいと言っているだけ」にしか映らない。
最近読んだnoteの記事に、いい言葉があった。老舗企業を継いだ方が書いていたもので、就活時代に友人から「それ、やりたいことじゃなくて、やってみたいことなんじゃない?」と指摘された経験を振り返っている。
やりたいことは、無意識のうちにもう何かしら行動してしまっている。やってみたいことは、子供が「プロ野球選手になりたい」と語るのと同じ、まだ行動を伴わない夢の段階。その方によれば、この基準を、自社の新規事業判断にも使っているそうだ。社員が「ラーメン屋をやりたい」と言ってきたとき、収支計画より先に、地元の主要な店を食べ歩いているか、誰に何を届けたいのかを語れるかを見る。そこまで動いていないなら、それは「やりたい」ではなく「やってみたい」だと判断する、と。
インナーブランディングも、経営者自身がこの見極めをできているかどうかが分かれ目になる。理念を「浸透させたい」と言うのは簡単だ。でも、そのために自分の時間の使い方を変えたか、面倒な会議に付き合ったか、耳の痛いフィードバックを拾いにいったか。そこまで踏み込んで自問している経営者は、僕の体感としてそう多くない。
理念を浸透させる、社内にブランドを根付かせるというのは、結局「理念を自分の判断基準にして動ける人」をどれだけ生み出せるかの話だと思っている。誤解してほしくないのは、勝手に動いていいという話では決してないということだ。大事なのは理念に沿っているかどうかであり、そのうえで実際に動いているという事実そのものだ。
ただ、それを社員に求めるなら前提がある。経営者自身が、誰よりも理念の実践者でなければならないということだ。自分がやっていないことを、社員にだけ求めても伝わるはずがない。研修やワークショップは、そのきっかけとしては十分機能する。でも、それ自体が目的化した瞬間、浸透施策は「やってみたい」止まりで終わる。だとしたら経営者にできることは案外シンプルで、次の評価面談で「理念に沿って、自分の判断で動いた場面」を一つ具体的に聞いてみることだと思う。答えに詰まる社員が多いなら、まだ「やってみたい」の段階にいるということだ。そしてその質問は、まず自分自身に投げかけてみてほしい。

BtoBの意思決定の現場でも、似たようなことが起きている。株式会社IDEATECHが2025年8月に実施した調査(BtoB企業で100万円以上の商材導入に関わったマーケティング担当者323名対象)によると、85.5%が意思決定において客観的なデータや調査結果を重視すると答え、69.4%が外部の調査レポートから自社の課題に気づいた経験があると回答している。言葉での説明より、事実やデータという動かぬ証拠のほうが、はるかに人を動かすということだ。
これは生成AIの広がりとも無関係ではないと見ている。AIはどんな情報もそれらしくまとめてくれるから、「言っていること」だけの価値はどんどん下がっている。逆に、実際にやってみた経験や、そこでしか得られない一次情報は、AIには生成できない。検索エンジンが重視するE-E-A-Tの「経験」はまさにここに当たるし、この先AIに引用されるコンテンツかどうかを分けるのも、結局はこの一次情報の有無になっていくはずだ。
社内でも同じ構造が働いていると思う。社員は、経営者の「言葉」より先に、経営者が実際にどう動いているかを見ている。朝礼で理念を語った翌日に、その理念とは矛盾する意思決定をしていないか。社員は驚くほどそこを見ていて、しかも黙って見ている。理念の浸透度を測るアンケートを取る前に、自分自身の直近1か月の行動を振り返ってみるほうが、よっぽど早く答えが出るんじゃないだろうか。
インナーブランディングが浸透しない理由を、社員の意識や制度設計に求めたくなる気持ちはよく分かる。でも、僕がお客様との壁打ちで気づかされたように、本気かどうかは、すでに行動しているかどうかでしか証明できない。
浸透させたいなら、まず自分がどんな行動を取っているかを問うところから始めてみてほしい。理念を語る前に、理念に沿った小さな決定を一つ積み重ねる。地味だけど、それ以外に近道はないと思っている。もし、今の自分の行動に自信が持てないなら、一度誰かと壁打ちしてみるのもいいと思う。僕らも、そういう相談に乗るのは結構好きだったりする。
参考・引用元
中小企業庁「2025年版中小企業白書」第2部第1章第1節
株式会社IDEATECH「BtoB商材の意思決定に関する調査」(2025年8月実施)